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【1157】新政(あらまさ)【秋田】

2013.5.11 21:03
秋田県秋田市 新政酒造
秋田県秋田市 新政酒造

 同業他社との仕事の関係で、懇親会場を予約しなければならなくなった。総勢21人。先方の希望は「ふつうの居酒屋がいい」。格式ばらない居酒屋。しかもキャパシティーがあり、あまりうるさくないのがいい。そして、料理はそこそこの田舎料理。これらを全部クリアする店として、わたくしの選択肢の中から絞られたのがG居酒屋だった。

 同僚2人と下見&予約にでかけた。まず、各部屋を見せてもらい、適当とおもわれる部屋を予約、座卓の配置を指示。次は料理の予約。2時間、飲み放題込みのコース料理5,000円にした。

 あとは3人で、ゆっくり飲むことにする。わたくしがあまり好まない地酒が多い中で目にとまったのが、「新政」だった。このような場所で「新政」と出会うとは。ということで「新政」を熱燗で注文する。 出てきた酒は、瓶詰の「新政」だった。すなわち、瓶燗だった。

 一口飲んで、同僚Mが言った。「辛いっ! いいね、このお酒」。そうか、そうか、良かったのか。瓶を撮影したあと、わたくしも飲んでみる。すっきりしたタッチで、酸味がある。クセがまったくなく、ベタベタ感もなく、さっぱりした飲み口。かなりいい。同僚Mが「いい」と言ったのも分かる。まったく、その通りだった。

 で、わたくしは言った。「やや軽快で辛口だね、普通酒だけどべとつかない。さすが『新政』。旨いよ。普通酒とはおもえないよ」。実に飲みやすい。180mlの瓶が次々と空いていく。旨いなあ。新政酒造は、「やまユシリーズ」や「亜麻猫シリーズ」など、しっかりした味の、しかも新しいタッチの酒を次々と繰り出しており、酒業界の次代を背負う蔵のひとつだろう、とわたくしはおもっている。その「新政」の普通酒。おもった通り、レベルが高かった。

 ここでわたくしは「普通酒」と断言してしまったが、実は、瓶には、スペック、種別など酒の詳細はいっさい書かれていない。瓶の雰囲気から、普通酒だろう、と勝手に決めつけているだけだ。もし普通酒でなければ、ごめんなさい。ただちに訂正いたします。ま、書かれていないから、消費者は分からないのです。

 蔵のホームページを見てみたら、蔵歴が詳細に書かれている。酒名「新政」の由来が書かれていたので、以下に転載する。

     ◇

■新政酒造の蔵歴

「新政」という銘柄は明治維新政府が、その施政の大綱とした「新政厚徳(しんせいこうとく)」の四字から採用したものです。現在は「新政(あらまさ)」及び「厚徳(こうとく)」に分割して商標登録しております。

ここでは1852年の創業時から現在までの当蔵の歴史を9つのストーリーに分けてご紹介しています。

▼第一話「四十間堀川端より」

嘉永五年(1852)、幕末動乱の時期にさかのぼる話です。秋田市中心地を流れる旭川のほとりで、ひとつの酒蔵が産声を上げました。もとより、この一帯は酒蔵が多くひしめきあう地でありました。上流の雄物川から運ばれてきた穀物は、旭川を経て、この川端地区で荷揚げ・備蓄されていましたので、酒蔵も自然とそこに集まったのです。

江戸末期に現れたこの酒蔵は、佐藤卯兵衛という米問屋が開いたものでした。味も上々。「うへえの酒」、また屋号をとって「やまうの酒」として、地元の人々に愛飲されていたとのことです。

▼第二話「『新政厚徳』の思い」

卯兵衛が酒蔵を開いてからまもなく、明治維新が起こりました。日本は、倒幕側と幕府側のまっぷたつに別れて、争う事になったのです。佐竹藩は、秋田出身の国学者、平田篤胤の影響もあり、東北ではただ一県のみ倒幕側に立ちました。佐藤卯兵衛もまた、西郷隆盛の掲げる「新政厚徳」という言葉に熱い共感を憶えた一人でありました。

「厚い徳をもって、新たな政(まつりごと)を行うべし」-卯兵衛は、この革命のメッセージから「新政(しんせい)」ということあを、酒の銘としていただくことに決めたのです。