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第3部「がんと老い」(1)治療の過不足、どう避ける  ITで通院負担軽減 

2018.12.5 16:00 井口雄一郎

 「重い物は持てますか」

 「畑仕事してますから。2、3日前にね、キュウリとトマトを植えてきました」

 2018年5月、島根県出雲市の島根大病院。病室で呼吸器・化学療法内科の医師・梅本洵朗(26)と、肺がん治療のため、隠岐の島から飛行機で着いたばかりの入江文男(87)が話していた。

 世間話のようだが、体力や認知機能、栄養状態を確かめ、治療方針の参考にする診察の一こまだ。詳細にやれば1時間かかる評価方法だが、島根大では数分でできる簡易なチェックリストを導入。入院する高齢者に聞くことにしている。

島根大病院の病室で話す入江文男(左)と医師の梅本洵朗
島根大病院の病室で話す入江文男(左)と医師の梅本洵朗

 高齢者の特徴は健康状態の個人差が大きいことだ。80代後半になっても炊事をし、「自分のことは自分で勉強する」と病室に検査値の解説書を持ち込む入江のような患者もいれば、70代で介護が必要な人もいる。体の負担が大きい抗がん剤でも、元気な高齢者なら使う意義がある。一方、体力が低下した人だと、痛みを取る緩和治療だけの方がよい場合もある。

 今は遺伝情報を調べ、個人に合った治療を選ぶ「がんゲノム医療」が注目を集める。だが「体の機能をしっかり評価して本人と話し合い、高齢だからと手控えしすぎることも治療のしすぎも避けるのが個別化医療の基本」と講師の津端由佳里(47)は話す。入江は、薬を使ってがんと向き合うことを選んだ。

 治療できる大きな病院へ通う手段があるかどうかも命の行方を左右する。県の東側にある大学病院には、西側の都市から車や電車で2~3時間かかる。教授の礒部威(57)は「交通手段がなく十分治療できないと、私も本当にがっかりする」。

 とはいえ、全国に先駆けて高齢化と人口減少が進む県内で、地域ごとに専門医と最先端の設備を置くのは難しい。「地元で治療を続け、入院の時だけ大学病院に来てもらえばいいように、かかりつけ医との連携を深めなければ」と礒部は語る。

 県は、医療機関同士がオンラインでカルテを参照できるシステム「まめネット」を整備。採血検査のためだけに大学病院に行くような苦労をなくそうと、礒部らも利用を進めてきた。

 新しい治療薬の中には、高い効果が報告されているが、糖尿病や甲状腺異常など、なじみのない副作用が出るものもある。「血糖値に注意をお願いします」。在宅で治療を続ける患者のかかりつけ医に宛てた専門医のコメントが、まめネットを飛び交っている。(敬称略、年齢・肩書は取材当時)
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 最良の治療をどうしたら提供できるか、新薬の望みは、費用は。がんの治療、研究、政策が直面する課題を追った。

 

 2020年代後半、新たながん患者は過半数が後期高齢者だ
 2020年代後半、新たながん患者は過半数が後期高齢者だ

 高齢化とがん がんは時間をかけて遺伝子に異常が蓄積し、発症することが多いため、高齢になるほど発症のリスクが高まる。日本の人口は減少しているが、65歳以上は2040年代初めまで増加を続け、がんの発症も増える見通し。国立がん研究センターの推計では、1年間にがんと診断される人の数は現在の100万人余りから20年代後半には約115万人、30年代後半に約117万人になる。20年代後半には新たな患者の過半数を75歳以上が占める。現在、体に負担のかかる治療は体力の低下した高齢患者では手控える傾向があり、副作用の少ない新治療の開発が待たれる。認知機能が十分でない患者に対しては、治療の意思決定や体調管理の面で特に支援が必要になり、多くの病院で提供できる体制づくりが課題となる。

 

 

 

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