メニュー 閉じる メニュー

【編集後記】Vol.261

2018.11.29 13:22 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
中大とのリーグ最終戦の後、チムメートと記念写真に収まる立教大の森上衛主将(8)=11月25日・横浜スタジアム
中大とのリーグ最終戦の後、チームメートと記念写真に収まる立教大の森上衛主将(8)=11月25日・横浜スタジアム

 

 1年からレギュラーに抜擢され活躍していた気になる選手が、最終学年のシーズンを終えた。

 立教大のSF森上衛主将は「山あり谷ありの4年間」と振り返った。

 

 2014年、主将として関学高等部を10年ぶりの高校日本一に導いた経歴の持ち主。上級生に遠慮することなく「物言う下級生」は、時に浮いた存在になった。

 それでも3年で副将になり、4年を迎えると当然のように主将に指名された。

 「立教の学生は良くも悪くもお坊ちゃんが多く、自分の主張を持っている。押しつけては駄目。説明して共感してもらって、初めて成果が出る」。リーダーとしての心構えを明かしてくれた。

 

 3勝3敗で関東大学リーグ1部TOP8の4位。「もっと上に行きたかったというのが本心。勝てたなという試合がいくつかあった」という。

 甲子園ボウルで、かつての仲間がいる関学大と対戦する夢は叶わなかったが、「悪いときでも、強いチームは修正できる。来年の立教はそうあってほしい」と、後輩にエールを送る。

 

 卒業後は東京ガスに就職する。東京ガスは来季から再編するXリーグのトップグループの「X1スーパー」入りを決めている。

 「仕事とアメフトの両立という、学生とは違う難しさがあるが、総合職で採用してもらったのでまずは仕事。アメフトがうまくなるのも仕事も同じ。足元を固めて調子に乗らず、しっかり一つずつ頑張りたい」。いつもながら、いいことを言う。

 

 法大戦の翌日の11月12日に、中村剛喜監督のいとこでチームディレクターの中村真喜さんが、45歳の若さで突然亡くなった。

 大学受験の際、模擬面接のためにわざわざ大阪まで出向いてくれるなど、森上選手にとっては大の恩人である。

 

 「入学前から大変お世話になった方で、試合ではいつも一緒に戦ってくれた。チームの土台を失った監督さんが一番ショックだと思う。残念です」。葬儀には、森上選手の両親も参列した。

 

 22―15で勝った中大との最終戦。チームメートと記念写真に収まる「♯8」の手には、急逝した中村ディレクターの遺影がしっかりと握られていた。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

最新記事