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鼻の粘膜移植でまひ改善慢性期の脊髄損傷5例で大阪大の臨床研究

2015.2.24 11:29

 国内には交通事故や転落、転倒などで脊髄を損傷した人が10万人以上おり、毎年約5千人の患者が新たに発生していると推定される。下肢が完全にまひし、長い期間が経過した慢性期の患者に有効な治療法はなく「二度と歩けない」というのがこれまでの"常識"だった。しかし大阪大病院 は2008年から、患者本人の鼻の粘膜を損傷部分に移植して神経を再生させる臨床研究を8人の患者に実施、うち5人で脚の機能が一部回復する効果を確認した。
 ▽500メートル歩行
 脊髄の中には神経線維の束が通っている。体を動かそうという脳からの指令は、神経線維を経由して各部に伝えられる。一方、痛みや熱さといった感覚も神経線維を通して脳に届けられる。
鼻の粘膜移植でまひ改善慢性期の脊髄損傷5例で大阪大の臨床研究
 だが、何らかの原因で背骨が折れたりずれたりすると脊髄が損傷し、神経線維もダメージを受ける。損傷箇所によって手や脚がまひし、排便や排尿にも障害が起きる。脊髄を含む中枢神経は一度壊れると非常に再生しにくいため、神経線維が完全に断裂した場合には、もはや機能の回復は望めないと考えられてきた。
 都内の男性Nさん(41)は26歳の時、バイクを運転中の事故で脊髄を損傷し、下半身を全く動かせなくなった。以来約10年間、車いすでの生活を強いられてきた。ところが現在、Nさんは両腕につえを装着し、自分の脚で500メートルもの距離を歩けるようになった。2010年に大阪大病院で受けた「嗅粘膜移植」と、懸命に続けたリハビリテーションの効果だ。
 ▽筋電図で波形
 脳神経外科の岩月幸一講師によると、鼻の奥にある嗅粘膜には、においを感じる嗅神経が分布している。嗅粘膜中では例外的に神経の再生が起こっている。この特殊な性質を利用し機能回復を目指すのが嗅粘膜移植で、2000年代に入ってポルトガルで開発された。
鼻の粘膜移植でまひ改善慢性期の脊髄損傷5例で大阪大の臨床研究
 手術ではまず背中の真ん中を切開し、脊髄の損傷部位を露出する。次に損傷によって硬く変質した組織をきれいに取り除く。その後、内視鏡を使って片方の鼻から3センチ角程度の大きさの嗅粘膜を摘出。細かく切った上で損傷部位に詰め込むように移植し傷を閉じる。
 「08年以降8人に移植を行いました。受傷後約1年半~24年以上の慢性期の患者さんたちです。うち5人は筋電図検査で手術前には見られなかった臀部や太もも、ふくらはぎなどの筋肉の活動を示す波形が認められました。ほかの患者さんも寝返りが打てるようになるなど日常生活が改善しています」と岩月さん。
 ▽世界初の証明
 注目されるのは、Nさんを含む2例で「運動誘発電位」が認められたことだ。脳に磁気刺激を与えたところ、その信号が脚の筋肉で検出された。切れていた神経回路が接続したことを証明する現象で「世界初の成果」(岩月さん)だという。術後の重い合併症はなく、安全性も確認された。
鼻の粘膜移植でまひ改善慢性期の脊髄損傷5例で大阪大の臨床研究
 現在の対象は①損傷から1年以上経過②両下肢が完全にまひ③損傷部の長さが3センチ以下④40歳以下―などの条件を満たす患者。12年には国の先進医療に認定された。
 課題は多い。全ての患者で機能が回復しているわけではなく、回復の程度も十分とは言い難い。長期のリハビリも患者には大きな負担となる。
 研究代表者の吉峰俊樹教授は「今後は脳の機能解析を進め、神経回路の再構築に効果的なリハビリの方法を見つける必要があります」と話す。
 最近、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などによる脊髄損傷治療の可能性が注目されているが、これらは急性期の治療が目的で、慢性期の治療法として臨床応用されているのは嗅粘膜移植のみ。大阪大は症例を増やすため、ほかの施設とも協力していく考えだ。(共同通信 赤坂達也)

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