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「病、それから」 岸本葉子さん(エッセイスト) 合理主義打ち砕かれた

2016.9.6 9:29
 2001年、40歳で虫垂がんを発症。「がんから始まる」などのがん体験記の執筆のほか、その後も旺盛な文筆活動を続けているエッセイストの岸本葉子さん(55)。がんは合理主義者だった岸本さんを大きく変えていく体験だったという。俳句との出合い、介護した父への深い理解に、その体験が生きている。

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 認知症の父が14年に90歳で亡くなるまで、在宅で兄姉と分担して介護をしたのですが、がん経験後に介護が始まったのがよかったと思います。

「病、それから」 岸本葉子さん(エッセイスト) 合理主義打ち砕かれた
▽不安と疎外
 認知症の人の根源にある情動は不安です。過去現在未来の時間軸が立たない不安、周囲から疎外されている不安です。

 私もがんで深い不安を経験しました。虫垂がんは早期発見が難しいのですが、私の場合も手術後に治る可能性は30%と言われました。そこからは自分がみんなと未来を共有できなくなってしまうような不安の中を生きなくてはなりませんでした。

 その体験を通して、父が何かに当たり散らすこともなく、不安にじっと耐えている姿に対して尊敬の念を感じました。がんを経験したから、父の不安に深く寄り添えた面があると思います。

 私は合理主義者で、いつも物事の因果関係を考えたりするタイプの人間でした。がんは私のその合理主義を打ち砕くものでした。どうしてがんになるのかの因果関係はまだ完全には解明されていませんし、がんから治るためにどんな努力をしたらいいのかも、はっきりとは分からない。合理や因果で考えても答えがないのが、がんです。

▽因果を離れ
 そんな中で出合ったのが俳句です。きっかけはテレビの「NHK俳句」のゲストに呼ばれたことでした。08年1月のことで、その半年後から継続的に句会に出ています。

 俳句は、風が吹いたら桜が散るみたいな因果関係のある句は評価されず、海が青いから桜が散るみたいに因果関係がない句が評価される世界。合理主義的な言葉とはまったく逆のことをするのが、すごく新鮮でした。

 俳句は意図して作るよりも、出合い頭の文芸だとも言えます。句会への途中、ボーッとしながら風景の中にいたら、観覧車が見え、風がまっすぐ吹いていました。「まん中を秋風通る観覧車」。そんな句ができました。

 俳句と出合う前に、作家で禅僧の玄侑宗久さんと往復書簡の仕事をしたことがあるのですが、禅も因果関係が評価されない世界だそうです。前後関係を忘れて、瞬間瞬間を生きる世界。出合い頭の文芸である俳句に通じるところがありますね。

 父の認知症も前後関係がなく、瞬間瞬間を生きるような世界だったと思います。がん体験後に出合った俳句や禅の世界を通して、父が生きている世界を想像することもできるようになりました。

▽時間が変化
 04年、取材でモンゴルに行けたのもとてもよかった。がんの手術から3年後。まだ時たま腸閉塞を起こしていて、ゴビ砂漠で腸閉塞になったら危ないわけですが、ふっと、モンゴルに行きたいと思った。代替療法で知られる医師の帯津良一さんが、モンゴルの「虚空」が好きで、私も何もない虚空の大空を見てみたいと思ったのです。

 自分のキャリアは1989年に出た「微熱の島 台湾」から始まったと思っていますが、私のキャリアの中で、がん後のほうが長いことに先日、気がつき、驚きました。がんになるまで無頓着に生きていたのが、病後はすごく注意深く、丁寧に生きるようになり、時間の質が変わっているのだと思います。
(文・小山鉄郎、写真・萩原達也)

◎岸本葉子さん 1961年神奈川県生まれ。東京大卒。会社を退職後、中国留学を経て、文筆生活に。がん病後だけでも100冊近くの著書がある。「俳句、はじめました」や近作に「週末介護」。2015年春から「NHK俳句」の司会を担当している。


◎虫垂がん 右の下腹部にある盲腸の端から、垂れ下がるように出ている虫垂にできるがん。珍しいがんで、早期発見は難しいといわれる。治療法は手術が基本とされるが、開腹手術をして初めて正確な診断がつく例も少なくない。

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