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アヒル銀行、農村に活気 薄れる貧困の影 ベトナム

2018.8.25 17:34 共同通信

 太陽が照りつける空の下を、底の泥を巻き上げたメコン川が悠然と流れていく。その青と茶色の間を埋めるのは、ココナツやマンゴーといった木々の緑だ。粗い舗装の一本道を車で走ると、草をはむ牛や、あぜ道を駆け回る子どもたちの姿が目に入る。「のんびりした場所だけど、来るたびに発見があるんです」。ベトナム南部ベンチェ省タインフック村。何度も訪れた農村の風景を見ながら、伊能(いのう)まゆ(43)は人懐っこい笑顔を浮かべた。

 伊能がこの村を最初に訪れたのは2009年。自ら立ち上げた市民団体「Seed to Table(タネから食卓へ)」が掲げる、持続的な農業を通じた貧困脱却を実践するためだった。南部ホーチミンに拠点を構え、車で3時間の道を毎月のようにやって来る。

 ▽利益上げる工夫

 「エムマユ!(まゆちゃん!)」。車を降りた伊能に、女性が駆け寄ってきた。支援する農家のファン・ティ・マイエム(48)だ。軒先のテーブルに茶や手製の菓子が並べられ、近所の人たちも加わって談笑が始まった。「3日前、息子の結婚式で、うちのアヒルをふるまったんだ。おいしいと評判だったよ」。満足そうなマイエムに、伊能は「餌も私の教え方もいいからね」と返し、快活に笑う。そこに貧困の影はなかった。

「牛銀行」を利用した農家を訪ねる伊能(左)。現在では3頭の牛を飼育するまでになった農家の女性は伊能を「楽しい人で、村の中ではいつも話題に出てくる」と語る=ベトナム南部ベンチェ省タインフック村
「牛銀行」を利用した農家を訪ねる伊能(左)。現在では3頭の牛を飼育するまでになった農家の女性は伊能を「楽しい人で、村の中ではいつも話題に出てくる」と語る=ベトナム南部ベンチェ省タインフック村

 

 伊能のユニークな取り組みは「アヒル銀行」だ。1世帯にアヒルのひなを25羽貸し、成鳥に育てて売る。ヒナ代の約30万ドン(約1400円)を返済してもらい、残りは農家の収入となる。一度に5千円ほどの利益を上げることができる。

 「現金を渡せば借金の返済や生活費に充ててしまう。貧困世帯の立場からプロジェクトを考えなくては」。そう考えた伊能の答えが、現金ではなくアヒルを融資する「銀行」だった。

 支援する農家にはアヒルの飼育方法を教えると同時に記録も付けさせた。「管理をすると問題点も見えてくる。利益を上げるための工夫が生まれるはず」。当初は利益を上げられず、ヒナ代を払わない農家もいたが、現在の返済率はほぼ100%。これまでに参加した約千世帯のうち約6割が、月収40万ドン以下の貧困層から抜け出した。

 ▽ヒナの次は牛

 アヒル銀行で成果を上げた農家には「牛銀行」を用意した。母牛を購入する資金2千万ドンを融資し、子牛が生まれたら現物で返済する。母牛や2頭目からの子牛は自分たちのものとなり、育てて売れば高収入が得られる。成果によって違いを際立たせることを図る伊能の戦略に、農家は奮起した。

 当初は「ヒナで貧困脱却などできるものか」と言っていた地元の役人も、今は「まゆが村に活気をもたらした」と話す。

 伊能が初めてベトナムの地を踏んだのは、大学卒業後の1997年。指導教授から「若いうちにアジアを見ておいた方がいい」と言われたのがきっかけだった。現地での暮らしなどを考え、留学先にハノイ国家大を選んだ。ベトナム語を学びながら、現地で助産師を育成する市民団体に加わった。

 86年のドイモイ(刷新)政策で市場経済を導入したベトナムは、経済成長のさなかだったが、農村に足を運ぶと成長に取り残された現実があった。「自分に何ができるか」。2000年に帰国した伊能は大学院に進むが、修了後に選んだ道は再び「現場」に入ること。03年、ベトナムに戻り農村支援の団体に入った。

 ▽施しでなく

 「ボランティアは性に合わない」。伊能はそう言い切る。「施すのではなく、相手の自立を促すことが大事。身の丈に合った支援をしないと長続きしない」。融資したアヒルや牛が死ねば農家に駆けつけてともに頭を抱え、餌代を節約するためバナナの木やカニなどを利用しようと知恵を絞る。経験を共有し、伝えていくことが成長につながる。そう信じている。

 伊能は17年9月から、地元のルオンテービン高校でネギや豆などの有機栽培を指導している。校門を抜けてから校舎までの間には、右側にグラウンドが、左側には新たに作られた菜園が広がっていた。朝や昼休みには、菜園の管理を担当する20人ほどの生徒が集まり、水やりや草むしり、収穫といった作業に当たっている。

校庭に作られた菜園で、水やりをするルオンテービン高校の生徒。収穫した野菜は地元の市場で売られ、食卓に並ぶ
校庭に作られた菜園で、水やりをするルオンテービン高校の生徒。収穫した野菜は地元の市場で売られ、食卓に並ぶ

 

 「環境を守って農業をし、おいしい作物を収穫する。そのサイクルがないと、結果として発展は続かなくなってしまう」。生徒たちと並んで土の前にしゃがみ、小石を丁寧に取り除きながら、伊能は「サイクル」という言葉を何度も口にした。

 2年生のグエン・タイン・カイン(16)は「堆肥から土を育てて野菜を収穫する楽しさを学んだ。豊かになることの意味も考えるようになった」と言う。卒業後の進路を尋ねると「大学で農学部に入り、もっと勉強したい」と、目を輝かせる。「そんなこと言うから、ベトナムから離れられなくなっちゃうじゃない」。傍らにいた伊能が、少しはにかみながら、また大きく笑った。(敬称略、文と写真・佐藤大介)

<取材後記>

1人の富と99人の不幸 

 ベンチェ省の農村で、大小の人工池を目にした。使わなくなった田畑を業者が買い取り、エビの養殖場にしている。管理人として収入を得る農家もあるが、大量の餌を含んだ汚水が川に流され、村人たちの食卓に並ぶ魚が激減したという。

 「1人が富を得ても、99人は不幸になる」。伊能まゆは、現状をそう表現した。富を得る側は、不幸を強いている事実に無自覚だ。自分もその「1人」にくみしていないか、わが身を省みた。

 訪れた高校で、校長が食事を用意してくれた。食卓には収穫された有機野菜のほか、ゆでたエビがどっさり。「天然物ですよ」というエビはみずみずしい甘みで驚くほどおいしい。次にペットボトルに入れた地酒を勧められた。「これも天然物です」。そう言われて一気に飲み干した。(敬称略、佐藤大介

SDGsの第1目標 貧困をなくそう
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