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ワインに選ばれた運命  先駆者の責任を胸に 南アフリカ

2018.8.25 16:34 共同通信

 大きなバケツを抱えた老若男女の列が、完熟した紫紺のメルローを摘みながら畑を少しずつ進んでいく。「太陽が高くなる前にやっつけちまおうぜ」。リーダーが叫ぶ。2月末、南アフリカ南西部のワイン名産地ステレンボッシュはブドウ収穫の最盛期を迎えていた。

 ▽草分け

 畑から数キロの貯蔵庫。ヌツィキ・ビエラ(40)が、瓶詰めを待つフレンチオーク樽(だる)の赤ワインを大型スポイトで試飲グラスに注いだ。緊張の面持ちで光取り窓にかざして色合いを見る。香りを確かめると目を細め、飲み下すなり声を上げた。

仕込んだワインを試飲するため、樽から取り出す黒人女性醸造家の先駆者、ヌツィキ・ビエラ=ステレンボッシュ
仕込んだワインを試飲するため、樽から取り出す黒人女性醸造家の先駆者、ヌツィキ・ビエラ=ステレンボッシュ

 

 「ビューティフル!」

 黒人女性ワイン醸造家の草分けであるビエラは、東部クワズールー・ナタール州の電気もない貧村で生まれた。母の出稼ぎで、きょうだい、いとこ計6人と一緒に祖母に育てられた。

 転機は高校卒業後、メイドをしながら応募し続けた奨学金の獲得だった。「ジャンルを問わず何度も手を挙げたわ。私の人生を切り開くにはそれに賭けるしかなかった」

 アパルトヘイト(人種隔離)後の黒人支援策で航空会社が設けたワイン振興の奨学生選考にパスし、千キロ以上離れたステレンボッシュ大学で栽培と醸造を学ぶことに。「私がワインを選んだのではなく、ワインが私を選んだ」。実は、それまでワインを口にしたことすらなかった。

 16歳の時、南アは民主化に転じた。そこに至る動きはニュースなどで知ってはいたが、村に白人はおらず「遠い国の出来事のようだった」。洗礼は、大学で都会に出て初めて受けることになる。

 クラスメート60人のうち黒人は4、5人。授業は白人言葉のアフリカーンス語だった。講義後は村で使っていたズールー語で説明してくれる先生に聞き直す日々。アルバイト先のワイナリーでは、客に「なぜここに黒人がいるのだ」となじられもした。

 そんな憂き目を癒やしてくれたのはワインだった。ある日、上質のシラー種にはトリュフの香りが隠れていると教わる。「嗅いでみるとなぜか懐かしいの。よく思い出したら飼っていた牛のふんに近い。この道は私に向いている、そう思ったわ。運命だとね」。嫌なことを忘れるほどのめり込んだ。

 ▽祖母の名

 大学卒業後の2004年、就職先はあえて小さなワイナリーを選んだ。いろいろな仕事を経験したかった。いつか独立すると決めていたからだ。

 頭角を現すのは早かった。06年、初めて手掛けた赤ワインが南ア唯一の国際品評会で最高の金賞を受賞。黒人女性で初の快挙だった。09年には国内誌の「ウーマン・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」に選出され、一流醸造家への階段を一気に駆け上がる。

 満を持して自らのブランド「アスリナ」を設立したのは15年。「今あるのはおばあちゃんのおかげ。ずっと決めていた」という亡き祖母の名をもらった。初出荷は1万2千本。年々増やし、今年は2万本を予定する。

摘まれたワイン原料のブドウが次々にトレーラーの荷台に盛られていく=ステレンボッシュ
摘まれたワイン原料のブドウが次々にトレーラーの荷台に盛られていく=ステレンボッシュ

 

 南アのワイン業界は黒人の参入が他業種より遅れている。醸造家もわずかで、特に女性は数えるほどだ。ビエラは黒人社会の期待と先駆者の責任を胸に奮闘する傍ら、後進の指導にも腐心する。

 「この国のワインづくりは、白人が何代も歴史を積み重ねて現在がある。入り込むには文化をもっと理解しなければ。まだまだ先は長いわ」

 ▽エール

 南アで最も人口が多いヨハネスブルクのソウェト地区は国内最大の旧黒人居住区だ。1976年、ここでアフリカーンス語の強制に反発した学生のデモと警察が衝突、数百人が死亡した。アパルトヘイト終焉(しゅうえん)の始まりとされる「ソウェト蜂起」だ。

 日が暮れると中心街におびただしい人が集まってくる。とりわけ熱気にあふれているのが“もぐりの酒場”を語源とする「シビーン」だ。民家を開放した形であちこちにあり、ひしめく客は全て黒人。安価なワインも置くが、大半の客は大瓶ビールのらっぱ飲みだ。

 ソウェト唯一のワイン専門販売店を05年から営むムニケロ・マンジープ(57)が言う。「かつてブドウ園の労働者の報酬は出来損ないワインの現物支給で、ステータスの低い酒の代表だった。だから浸透しないんだ」

 紳士然とした「ブラック・ダイヤモンド」と呼ばれる黒人中流層だが、開店当初は、ワイナリーを回っても顔を見ただけで追い返されたという。

 「ワインを生活スタイルとして定着させたい。それが地位向上にもつながるはずだ。黒人の手によるワインなら愛着も生まれる」とマンジープ。黒人にとって特別なこの地からビエラらに熱いエールを送り続ける。(敬称略、文・佐久間護、写真・中野智明)

<取材後記>

民主化の遺志

 シビーンはかつて、黒人の政治家や活動家、法律家らが集う談論風発の場だった。反アパルトヘイトの闘争史において重要な役割を果たした。

 「しかしここは今、ただの貧乏人のための安酒屋だ。つまり平和な時代ということさ」。「民主化の象徴」とされる元大統領のネルソン・マンデラも率いたアフリカ民族会議(ANC)の元活動家ビクター・マトム(58)が感慨深げに話した。

 マンデラの孫娘でワイン販売を展開するトゥキニ・マンデラ(43)は言う。「良いワインは良いブドウから、良いブドウは良い土からと言われる。祖父の遺志である、愛、情熱、勇気、人の和は、ワインづくりに通じる」と。

 今年はマンデラ生誕100年。生前、もともとは白人のものだったワイン、それも甘口の白を好んだという。闘士のイメージが心なしか和らいだ。(敬称略、佐久間護)

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