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言葉を取り戻したい 日本語が共通語の少数民族  台湾

2018.8.24 18:13 共同通信

 「ここ座って来いよ」
 「いま食べ来た」
 「まだまだ時間ある」
 深緑に包まれた山里にある雑貨店では、集まった村人の間でこんな会話が飛び交っていた。台湾東部の宜蘭(ぎらん)県澳花(おうか)村は先住民タイヤル族の集落だが、そこで話されているのは日本語だった。
 ▽皇民化教育
 1945年まで半世紀にわたり日本が統治した台湾では、奥地の山間部でも日本語教育が徹底され、皇民化教育が進められた。
 雑貨店を経営する女性シチャン・イサウ(55)は「父は生前、日本人は二ついいことをし、二つ悪いことをしたと繰り返し話していた。われわれに農耕を伝えて生活を改善し、まじめに働く勤勉さを教えてくれた。でも厳しい統制と日本語の強制はよくなかった」と語る。タイヤル族は山間部で狩猟生活を基本にし、勇猛な民族として恐れられていた。
 「でも、日本が引き揚げた後も親の世代は使い慣れた日本語で私たちを育てた。だから集落の共通語は今も日本語なの」

近所に住む姉の養鶏場で、出荷の手伝いをするシチャン・イサウ(左)。村では鶏の肉はごちそうだ。家々で祝い事などがあると注文が入る=台湾・宜蘭県
近所に住む姉の養鶏場で、出荷の手伝いをするシチャン・イサウ(左)。村では鶏の肉はごちそうだ。家々で祝い事などがあると注文が入る=台湾・宜蘭県

 


 日本人が強制した日本語が半世紀以上もひっそりと使われ続けた。しかも、その日本語は助詞がしばしば欠落する独自の“進化”を遂げていた。
 シチャンは都市部の高校に通っていたころ、漢族の友人に「タイヤル語が話せるの?」と聞かれ「話せるよ」としゃべってみせた。すると「それはあなたたちの言葉じゃない、日本語よ」と言われて気が付いた。
 4人の子どももタイヤル語は話せない。でも孫たちは学校で民族語の授業を受けるようになった。シチャンも社会人教育の教室で定期的にタイヤル語を学んでいる。
 「民族の言葉が消失してしまうことに危機感がある。将来は皆が日本語でなくタイヤル語で会話するようになりたい」。民族模様の布を織りながら言った。
 先住民には言葉だけでなく、環境の問題も降りかかっている。
 ▽採石場開発
 雑貨店で、翌日に村民が集まる会議があると誰かが言った。集落の上に新たな採石場関連の開発計画が持ち上がっており、その説明があるという。
 「環境破壊が進む」「子どもたちの世代に影響しないか」。公民館で開かれた会議では、開発企業の説明に対し、住民から不安の声が相次いだ。
 外に出て山間部を見渡すと、岩肌が露出している所が何カ所もあった。採石場だ。住民の男性の多くはトラック運転手として、切り出した石の運搬で生計を立てているのが現実だ。
 シチャンが子どものころは谷川でカニが捕れた。だが採石のために河川への土砂堆積が増え、カニはいなくなった。村民らと民族を守るための団体を立ち上げ、集落の環境保護や伝統文化の活性化に取り組んできた。
 「世界中に同じような問題があるでしょう。強者は自分たちが望まないものを少数民族の地に押しつける」。澳花生まれで集落の歴史を研究している小学校教師ハユン・ノカン(47)は会議の後、いらだたしそうに言った。
 澳花を含む周辺地域は2014年、原子力発電所の放射性廃棄物の最終処分場候補地になったこともある。
 ▽民族語授業
 ハユンが教える澳花小の全校児童は77人、人口約千人の集落で唯一の小学校だ。
 「クンガ・モグワス・ビル(あなたは誰ですか)?」。1年生の教室では子どもたちが大きな声で復唱していた。民族衣装を着てタイヤル語を教える女性教師(69)は別の集落出身で、家ではタイヤル語で育ったが、やはり日本語も話す。3年生の教室にはシチャンの孫トリ・イバン(9)もいた。

澳花小学校でタイヤル語を学ぶ児童。週1度の授業では、言葉の他に伝統的な歌や踊りなども教わり、教室には児童たちの元気な声が響く=台湾・宜蘭県
澳花小学校でタイヤル語を学ぶ児童。週1度の授業では、言葉の他に伝統的な歌や踊りなども教わり、教室には児童たちの元気な声が響く=台湾・宜蘭県

 


 台湾の先住民は全人口の2%程度だが、タイヤル族は各地におり、先住民としては規模が大きい。日本で活躍する台湾人タレント、ビビアン・スーも母はタイヤル族だ。「同じ民族としてとても光栄です」とシチャン。
 民族語教育は民主化を進めた李登輝(り・とうき)政権の時代に始まり、民主進歩党(民進党)の陳水扁(ちん・すいへん)政権(00~08年)で大きく進んだ。学校で民族語を学ぶ環境は以前より恵まれているが、シチャンは「私たちは親が祖父母たちと話すタイヤル語を聞いて育った。でも孫たちは、日常的に聞く環境がないから外国語と同じ。週1回ぐらいの授業では少なすぎる」と漏らした。トリの世代の会話は中国語が基本だ。
 シチャンの雑貨店でトリを見かけ、「習っているタイヤル語を話してみて」と声を掛けた。ちょっとはにかんでから言った。
 「アンタロコイク!」。回りからどっと笑いが起きた。
 どんな意味? 考えてみたら「あんたどこ行く」という日本語だった。(敬称略、文・塩沢英一、写真・村山幸親)

<取材後記>

ポストコロニアル時代 

 台湾がかつて日本だったことを多くの日本人は忘れているのではないか。台湾では植民地統治の影響は過去のものではない。今に至るまでさまざまな分野に及んでおり、台湾はいまだポストコロニアルの時代にある。
 台湾の事情が複雑なのは、日本が去った後に中国から来た国民党政権も先住民にとっては「外来政権」だったことだ。台湾の土着政党、民主進歩党(民進党)が名実ともに政権与党になった今は二重のポストコロニアル期ともいえる。
 取材中、シチャンらは初めてあった記者らに友好的で、日本統治時代のプラス面も語ってくれた。日本人としてはほっとするが、言葉を失った痛みの深さに思いを致さなくてはならない。(敬称略、塩沢英一)

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