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迫る海面、縮む国土 それでも人は木を植える モルディブ

2018.8.24 18:05 共同通信

 明るい茶色の砂浜を波が静かに洗い、暖かく湿った風が緑のヤシの葉を揺らす。インド洋の島国、モルディブ南部のラーム環礁、81歳になるハッサン・アブーバクルが暮らすマーメンドホーは、この国にある1200もの小さな島の一つだ。
 「昔はこの先までずっと砂浜が広がっていて、カニや魚を追い掛ける子供たちの声であふれていた」と海を見つめながらつぶやくハッサン。
 「若いころは木に登ってヤシの実を取って売ればお金になったけど、もうできないな」と言う彼の足元には、根こそぎ倒れたり傾いたりしたヤシの木が、壊れた大砲のように横たわっていた。

海岸の浸食が進み、多くのヤシの木が倒れた自宅前の海岸に立つハッサン・アブーバクル=モルディブ・ラーム環礁
海岸の浸食が進み、多くのヤシの木が倒れた自宅前の海岸に立つハッサン・アブーバクル=モルディブ・ラーム環礁

 ▽最初の犠牲者
 美しく静かな海は少しずつ、しかし確実に砂浜をのみ込み、わずかな土地をむしばんでいる。港湾などの沿岸開発で潮の流れが変わったことに加え、海面が年々、高くなっていることが原因だ。海面上昇は、人間が日々の暮らしの中で大量に出す二酸化炭素などによって地球の気温が高くなることで引き起こされる。
 「この島で一番海抜が高い場所でも2メートルにもならない。このままではわれわれの国土も文化も失われ、温暖化の最初の犠牲者になってしまう。みんな大声で助けを求めているのに、世界はなかなか耳を傾けてくれない」。別の島の住民の一人は、倒れたヤシの木が並ぶ浜辺で、大きな身ぶりと真剣な声で訴える。
 今後も続くと予想される海面上昇によってモルディブのような小さな島国は国土消失の危機に直面している。
 地下水に海水が入ってきて飲み水や農業用水に使えなくなる被害が増え、これまで経験したことがないような高潮に襲われるようになってきた。人々に多くの恵みをもたらしてきた海が今、その姿を変え、住民の暮らしを脅かすようになった。
 ▽高潮の被害
 「あんな高潮は経験したことがなかった。腰の高さまで水が来て、家の中は水浸し。食器や薬の瓶がプカプカと浮かんでいた」とサキーナ・アブーバクル(53)が小さな声で話し始める。
 電気も水道もない10畳ほどの狭い小屋。粗末な木のベッドと食卓、壊れかけた棚だけが彼女の家財だ。わずかな日々の糧を与えてくれる小さな畑の作物は、昨年8月にこの島を襲った高潮ですべてがだめになった。
 「年々、日差しが強まり、暑くなっているので、苗を守るシートまで買って育てたのに…」
 モルディブと聞いて多くの人が連想するリゾートホテルが立つのは一部の島にすぎず、この国の貧困は深刻だ。農業や漁業に頼る貧しい人に温暖化の脅威が迫る。
 「水にぬれて飲めなくならないように今は薬を棚の高い場所に置くようにした」とサキーナ。慢性的な神経痛に苦しむ彼女が、忍び寄る脅威に対してできるのはこんなことしかない。
 だが、サキーナもハッサンも地球温暖化やそれがもたらす影響のことなど何も知らない。
 「この国でもまだそんな人は多い」と打ち明けるのは、ラーム環礁で2013年に国連開発計画(UNDP)が始めた温暖化対策プロジェクトに取り組んだアフメド・マールーフ(53)だ。
 人々の意識を高め、温暖化の影響を受けにくい社会を築くこと、少しでも温室効果ガスの排出量を減らすことがプロジェクトの目的だった。
 「村の大きな木の下やカフェ、集会場でどれだけ多くの人と話をしたか分からない。4年間それを続けたことで人々は問題を知るようになってきた。自然災害に敏感になり、国土を守るサンゴ礁やマングローブの大切さを知った」
 ▽人々の声
 ファスマト・アズマ(30)もマールーフのメッセージを受け取った一人だ。強い日差しの下、自宅近くの湿地に植えたばかりのマングローブの様子を見に来た彼女と仲間の女性の姿があった。

明るい日差しの下、自分たちが植えたマングローブの前で島の将来を語り合うファスマト・アズマ(左)と仲間の女性=モルディブ・ラーム環礁
明るい日差しの下、自分たちが植えたマングローブの前で島の将来を語り合うファスマト・アズマ(左)と仲間の女性=モルディブ・ラーム環礁

 


 「海辺にあったごみを仲間と一緒に拾い、苗を植えた。マングローブの林が戻れば、高潮や海面上昇から私たちを守ってくれるはず。最近、きれいになった干潟に魚やカニが戻ってきた」
 各地の島には雨水をためる多くのタンクを並べ、小学校や役所などの屋根には太陽光パネルを置いた。街灯は発光ダイオード(LED)に替えた。
 だが、モルディブのような小国がいくら排出量を減らしても、温暖化を食い止めるには程遠く、マングローブの植林の効果も分からない。
 それでも、マールーフは言う。「多くの人に知識を伝えることで変化を起こすことができる。日本の人々もモルディブのような国でさえ、排出を減らすために努力をしているのだということを知ってほしい」(敬称略、文・井田徹治、写真・中野智明)

<取材後記>

溺れる人の声 

 地球温暖化は現在、最も注目される環境問題だ。毎年、世界のどこかで開かれる気候変動枠組み条約の締約国会議の参加者は1万人を超え、多数の記者が詰め掛ける。最近では温暖化関連ビジネスの会合も盛んになってきた。だが、温暖化の脅威に直面するモルディブのような国の人々の姿や声が取り上げられる機会は少ない。
 日本などの先進国が大量に排出した二酸化炭素が引き起こす温暖化によって最初に大きな被害を受けるのは、小さな島国やアフリカなどの最貧国だ。ここには大きな不条理、不公正がある。
 「溺れる人が両手を上げて助けを求めているようなものなのに、世界はそれを無視するのか」。温暖化被害の現場、モルディブで聞いたこんな悲痛な声を、伝える努力を続けたい。(井田徹治) 

 

SDGsの第13目標 気候変動対策を
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モルディブ
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