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第2部「本当の自分はどこに」(9)「人は宿命的に個性的」  同姓同名、違い際立つ(見つめ直す③)

2018.8.27 12:08

 長野県山ノ内町のひなびた温泉宿で、男性9人が露天風呂につかっていた。年齢も経歴も職業も顔立ちもばらばらだが、全員が同姓同名の「田中宏和(たなか・ひろかず)」。2009(平成21)年12月、旅行を企画した東京都の会社員で通称「ほぼ幹事」の田中宏和(49)が、ふわふわした気分になっていたのは、お湯の心地よさのせいだけではなかった。

 「猿が温泉に入っているような気分だね」。誰からともなくつぶやきが漏れた。右を向いても左を向いても、もちろん自分も田中宏和。自分と他人を区別する名前の意味が失われ、どこまでが自分なのか分からなくなるような、そんな錯覚を覚えた。 

「全国大会」に集まった同姓同名の田中宏和たち。前列中央が「ほぼ幹事」の田中宏和=東京都渋谷区
「全国大会」に集まった同姓同名の田中宏和たち。前列中央が「ほぼ幹事」の田中宏和=東京都渋谷区

 ほぼ幹事の田中が同姓同名の人を探す「田中宏和運動」を始めたきっかけは1994(平成6)年、プロ野球近鉄(当時)に投手の田中宏和選手がドラフト1位で指名されたニュースだった。

 少年時代に夢見たプロ野球選手になれたかのような不思議な喜びを感じたのが面白くて、知人やメディアから情報を集めたり発信したりしているうちに、気付けば20年以上が過ぎた。これまで対面したのは生後半年の乳児から70歳代まで計138人。2017(平成29)年には「全国大会」を開き、過去最多87人の田中宏和が東京都内で一堂に会した。

 一人一人の個性の大切さが強調されるようになった平成という時代。日本を代表するコピーライターで、ほぼ幹事の田中と長年親交がある「ほぼ日」社長の糸井重里(いとい・しげさと)(69)は「個性は競争を前提にしている」と指摘する。人より個性を伸ばし、磨いた者が成功し、望みをかなえ、生活の糧を得る。個性という言葉は他人と比較することと強く結びつけられてきた。

「田中宏和運動」について話す「ほぼ日」社長の糸井重里=東京都港区
「田中宏和運動」について話す「ほぼ日」社長の糸井重里=東京都港区

 


 

 ほぼ幹事の田中は、田中宏和運動の特徴は「競争がないこと」だと言う。「田中宏和同士で『どちらがより田中宏和か』なんて比べようがない」

 同姓同名というだけで、初めて会ったとは思えない親近感を覚え、時には「そうだったかもしれない自分自身」のように感じられる。「同姓同名の人同士の共通点は」とよく質問されるが、ほぼ幹事の田中は「考えても、驚くほど見つからない。むしろ違いに目が向くようになる」と話す。

 運動ではお互いを区別するため、新しく出会った仲間に通称を付けている。職業から「ドクター」、ゆかりの地から「中華街」、その人ならではのエピソードから「新幹線」。少し話を聞くだけで、命名の材料となる特徴が浮かび上がる。掘れば掘るほど、一人一人の違いが浮き彫りになっていく。

 16(平成28)年末に解散したSMAPは、03(平成15)年発表の代表曲「世界に一つだけの花」で「ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」と歌い、人々の心をつかんだ。ほぼ幹事の田中は思う。「社会に『個性的であれ』と言われなくとも、人は宿命的に個性的じゃないか」(敬称略・年齢、肩書は新聞掲載当時)

 SMAP 1988(昭和63)年結成、91(平成3)年CDデビューした人気グループ。96(平成8)年に森且行(もり・かつゆき)さんが脱退し5人組に。バラエティー番組やドラマに多数出演し、代表曲「世界に一つだけの花」は300万枚超を売り上げた。

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