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「今日も闘ってる」  母に残したメッセージ 

2018.3.2 14:46
 〝バケツリスト〟の2番目に挙げたスカイダイビングに挑戦したスティーブン・サットン(下)
 がんの宣告を受けた後、スカイダイビングに挑戦したスティーブン・サットン(下)
 

「ハーイ、みんな。スティーブンはまだ生きてるよ、今日も闘ってる」

 ベッドに横たわった19歳の末期がんの青年、スティーブン・サットンは、死の直前、フェイスブックにこう書き込んだ。画面からは、ベッドに横たわりサムアップをしたスティーブンが笑いかけている。

 15歳で遺伝性大腸がんと宣告された。残された時間を、彼は若者らしい夢の実現と、がんに苦しむ同じ世代の若者への支援に懸ける。

 約3年8カ月に及んだ闘病の後、2014年5月14日にバーミンガムの病院で死去した時、彼が呼び掛けた10代のがん患者支援団体への基金は300万ポンド(約4億5千万円)を超えていた。

 母親のジェーン・サットン(53)は「子どもを守るのは親の役目。でも、がんからは守ってやれなかった。だけど彼の笑顔は残された私だけでなく、病気に苦しむ人たちに生きる力と勇気を与えてくれた」と言う。

 ▽46のリスト

 12年12月7日、18歳の誕生日の翌日。スティーブンは医師から、がん細胞が胸壁にまで転移していることを告げられる。医学を志した彼には、それが治癒不能を意味すると分かっていた。

 スティーブンの死後、息子の遺志を継いで2015年のロンドンマラソンを完走した母ジェーン
 スティーブンの死後、息子の遺志を継いで2015年のロンドンマラソンを完走した母ジェーン

 「目いっぱい忙しく残された毎日を生きる」。彼はベッドから身を起こし、思いつくままに“したいこと”を書きとめだした。その年のクリスマス、完成したリストはバケツいっぱい、46項目に上った。

 その1番目が、10代のがん患者を支援する団体に「1万ポンド(約150万円)を寄付する」だった。スティーブンはブログを立ち上げ、自身の闘病生活を公開しながら、毎年二千数百人が発見されるという若年がん患者への支援を呼び掛けた。

 ジェーンは「正直、そんな大金、どうしたら集められるのよと思ったわ」と振り返る。

 痛みを薬で抑え、さまざまな場で講演し、若年がん患者の思いを伝えた。支援の輪はたちまち広がり、わずか3週間で目標を達成、賛同する人は死後も増え続けた。これまでに約35万人が560万ポンド(8億4千万円)を寄付した。

 団体はこの基金で英国の数カ所に、10代がん患者の専門病棟を建設。専門介護士育成のため奨学金をつくり、自宅ケア制度の整備なども進める。

 ▽ヘンテコですてきな

 「男だけで旅行に行く」「(有名なコメディアン)ジミー・カーに会う」「入れ墨をする」「自分より大きな動物を抱きしめる」「バスキング(大道芸)をする」「スカイダイビングに挑戦する」「ギネスブックに載る世界記録をつくる」―。

 ベッドに横たわりサムアップするスティーブン。死の直前に自らフェイスブックに投稿、同じ病気に苦しむ10代のがん患者への支援を訴えた
 ベッドに横たわりサムアップするスティーブン。死の直前に自らフェイスブックに投稿、同じ病気に苦しむ10代のがん患者への支援を訴えた

 遺品となった“バケツリスト”を手に、ジェーンは「典型的なティーンエージャーの夢だったのかしら。とてもヘンテコな、でも、とてもすてきなリストだったわ」と、遠くを見るように語る。

 スティーブンはスカイダイビングに挑戦し、サファリパークで自分より大きな動物、象を抱いた。彼の死から2日後、その象が産んだ子象はスティーブンをしのび「サットン」と名付けられた。リスト完成から亡くなるまでの間に、リストの7割に達成のチェックが付いた。

 ▽人生を楽しんで

 英スタッフォード州バーントウッドで生まれた。スポーツが得意で400メートルを55秒台で走り、地元サッカークラブの選抜選手にも選ばれる。ケンブリッジ大医学部を受験し面接まで受けた。だが、放射線治療や手術を繰り返し、進学を断念せざるを得なかった。

 地図
             地図

 がんは下半身にも広がっていく。スティーブンは「どのくらい生きられるかではなく、何をできるかだ」「甘えた考えは通用しない、思い切り尻をたたかれた」と、当時の気持ちを語っている。

 父と兄も大腸がんを患った。スティーブンが不調を訴えた際、若年であることから発見が遅れた。「僕のことを、がん患者としてではなく、積極的に生きた人間だったと覚えていてほしい」。死の2日前にジェーンに残した言葉だ。

 彼の死去に際し、キャメロン英首相は「輝ける灯が消えた」と弔意を表明。フェイスブックには「本当に勇敢な青年だった」などと、1時間で12万通を超えるコメントが寄せられた。

 「彼を失って私は今も暗闇の中。でも、くよくよなんてしていられない。それはスティーブンがいちばん嫌っていたことだから」と話すジェーンは、息子の遺志を継ぎ、若年がん患者を支援する活動を続ける。フルマラソンを走り、エベレストに登り、キャンペーンの先頭に立つ。「時速120マイルの毎日」だ。

 小さなことに悩まず、人生を楽しんで―。「スティーブンから何度も言われたことよ。私はそれを実行してこれからも生きるの」。ほほ笑むジェーンに、息子スティーブンの笑顔が重なる。(敬称略、共同通信・遠藤一弥)

 ◎エピローグ/人生の最期に

19歳と5カ月余り。スティーブンの短い人生をたどり、母親や周囲の人の話を聞き、その生きざまに背筋がぞくぞくした。

 10代で治癒不能の告知をされた若者の体と心の苦痛はもちろん、家族の苦悩も計り知れない。中高年に比べれば10代のがん患者数は少なく、専門の施設や心のケアができる専門家も少ない。

 彼が自らの病状を刻々と公表したことで、若年がん患者に対する不十分な看護態勢が浮き彫りになり、各地で専門病棟や看護師の家庭訪問制度の整備が進む。

 彼が残した言葉は母ジェーンへの思いやりであふれている。人生の最期に残した笑いで訴えたかったのは、生きることの素晴らしさ、大切さだった。

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