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生の輝き、死を遠ざける    早老症、時間と競争 

2018.2.27 14:29
運転免許取得の喜びを語るミヒル。遊びに行く際には、友人の送り迎え役も買って出ている=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)
 運転免許取得の喜びを語るミヒル。遊びに行く際には、友人の送り迎え役も買って出ている=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)

 

 運転免許を取ったのは去年の6月。18歳になったからね。試験は一発で合格さ。車は父さんに買ってもらった。夏は北海まで走ったよ。ブリュッセルは道が混んでたなあ。

 ▽神の愛

 ハンドルを握る手は6歳児程度の大きさだった。節くれ立った指がキーを回す。運転席は身長118センチのドライバーには大きすぎるが、座席やペダルに工夫が施され、ブレーキに足が届く。時雨模様のベルギーの秋の午後に、夏空色の車体が輝いていた。

 早老症を患う兄ミヒル・ファンデウェールト(中央右)と妹アンバー(同左)。父ウィムと母ホデリーベは、短くても充実した人生をと願う。家の中には子どもたちの生をいとおしむように何枚もの写真が飾られていた=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)
 早老症を患う兄ミヒル・ファンデウェールト(中央右)と妹アンバー(同左)。父ウィムと母ホデリーベは、短くても充実した人生をと願う。家の中には子どもたちの生をいとおしむように何枚もの写真が飾られていた=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)

 車の持ち主は同国東部ディーペンベークに暮らすミヒル・ファンデウェールト(19)。遺伝子異常が引き起こす早老症、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群を抱えている。幼少期から通常の何倍もの速度で老化。平均13歳前後で人生を終える。ただ、病が侵すのは身体だけ。脳も心も普通の青年だ。

 職業軍人のウィム(50)と妻のホデリーベ(47)が1998年、2度の流産を経て授かった命だった。ホデリーベは「息子を初めて抱いた時、天に昇る思いだった」。ウィムは「サッカー選手にしたい」と夢を描いた。

 出生時は一見普通の赤ちゃんだったが、食が大変細く、成長が極端に遅かった。4歳で体重は9キロ。肉付きの乏しい手足は、乾いた皮膚が張り付いたよう。豊かだった髪は全て抜け落ちた。しかし医師は「ご心配なく」と繰り返すだけ。

 ある日、医師がホデリーベに言った。「今夜、テレビを見てほしい」。プロジェリア症候群のため13歳で死んだスイスの少女を描いた番組だった。

 成長する前に老いていく少女の姿が、ミヒルと重なった。世界で当時数十人、現在も約140人しか患者が把握されていない難病。「神様はなぜ、こんなに残酷な病気をおつくりになったの」。オランダ語で「神の愛」を意味するホデリーベは、ウィムと抱き合って泣いた。

 両親は正式に診断を受けた後、5歳の息子に病気の正体を明かす。「生まれた以上、幸せになってほしい。それには病気のことも知った方がいい」。ただ、患者の平均寿命だけは言えなかった。

 ▽また来年

 ミヒルは地元の小学校、中学、高校を卒業。サッカーやスキーをし、泳ぎ、DJに挑戦し、楽器を弾き、踊る。5歳をピークに体力が漸減しているため、長く走ったり泳いだりできないが、したいことは何でもやった。

 小さくて枯れた容姿は注目を引く。小学校はミヒルを紹介するテレビ番組を全校生に見せた。「変な情報が出回らないようにして、いじめを防ぐ」ためだ。居心地の悪い視線は、友情がこもったものに変わっていった。

 妹のアンバー(11)も同じ病気を患う。二人は他の患者とともに、プロジェリア症候群を研究する米国の病院に年1回、無料で招待されている。心臓や血管の状態を良くし、老化を遅らせる治療がミヒルには効いた。20歳前後の患者は、世界でも少ない。

 自宅のソファでくつろぐミヒル(左)とアンバー(右)。理学療法士のカタライネ・クレンが二人に関節の痛みを和らげるマッサージを施していた=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)
 自宅のソファでくつろぐミヒル(左)とアンバー(右)。理学療法士のカタライネ・クレンが二人に関節の痛みを和らげるマッサージを施していた=ベルギー・ディーペンベーク(撮影・澤田博之、共同)

 欧州で同じ病の子供と家族は年1回、各地で交流する。今年は8月末にノルウェーに集まった。ゴーカート、トランポリン、ロープにぶら下がってのダウンヒル。「1年で一番の楽しみ」とミヒル。20人が晩夏の遊園地で歓声を上げた。
 親同士は情報を交換し、励まし合う。たくさん笑って、たくさん泣いて、また来年。ただ、「来年」が来ない子もいる。

 ▽人生のゴール

 ミヒル自身、片手の指では数えられないほど、友人の葬式に出た。「ぼくはもうすぐ死ぬの」。12歳のミヒルに尋ねられた時、ホデリーベは正直に話した。「彼もネットで調べられる。うそを言わない関係が大切」

 ミヒルは大学進学を断念した。「大学は将来設計の場所。ぼくは将来を考えられない。今やりたいことで時間を埋める」

 一番したいのは旅行だ。世界が見たい。欧州各地や米国は既に訪れた。憧れは中国や日本。「中華料理が好きだから」

 そして就職も。コンピューターやIT関係の仕事を探している。「両親が勧めたんだ。社会と接点を持てと」。充実した生が死を遠ざける。両親と本人の信念が、未来を1年、また1年と切り開いてきた。 

 それでもいつか最期は訪れる。ミヒルは「あまり考えないようにしている」。だが、目を背けてはいない。葬式ではプロサッカーの応援歌を流したい。楽しげな写真も飾ろう。「参列者にフリッツ(ベルギー名物のポテトフライ)を振る舞って」と両親に念を押す。「ゴール」を意識するからこそ、時間と競争し、「今を生きなきゃ」と思う。      

 あっ、もう7時だ。今夜はパーティーに誘われているんだ。悪いけどそろそろ行かなきゃ。

 笑顔で手を振ると一人で愛車に乗り込み、夕暮れの街へとアクセルを踏み込む。急ごう。ミヒルには時間がないのだ。(敬称略、共同通信・小熊宏尚)

◎エピローグ/生まれてくれてありがとう

 アンバーは2006年に生まれた。ミヒルが7歳の時だ。プロジェリア症候群に遺伝性はなく、きょうだいの発症は世界初だった。新生児の2千万人に1人とされるプロジェリア症候群。同じ夫婦の子供2人が発症するのは、天文学的な確率だ。

 家族を再び衝撃が襲った。ただ、前回と違うのはミヒルの存在だ。妹の世話をするだけではない。学校や社会で兄が切り開いた道を妹が歩ける。ミヒルもまた家族を支えている。

 ウィムとホデリーベは言う。「私たちのもとに生まれてくれて、ありがとう」。無条件の愛が、関節の痛みなど老人性の病に苦しむ兄と妹を癒やし、不確かな未来を照らしていた。

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