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ユーモアで極限生き抜く 地下700メートルからの生還

2018.2.22 13:03
サンホセ鉱山の上に立ち、鉄管のふたにそっと手を伸ばすホルヘ・ガジェギジョス。7年前の事故の際、この穴を通じて地下に食料や手紙が届けられガジェギジョスたち作業員の命が救われた=チリ・コピアポ近郊(撮影・鍋島明子、共同)(了) 
 サンホセ鉱山の上に立ち、鉄管のふたにそっと手を伸ばすホルヘ・ガジェギジョス。7年前の事故の際、この穴を通じて地下に食料や手紙が届けられガジェギジョスたち作業員の命が救われた=チリ・コピアポ近郊(撮影・鍋島明子、共同)

 

 砂と岩の大地に、直径10センチ程度の鉄管が突き出ている。チリ北部コピアポ近郊のサンホセ鉱山。「ここからドリルを掘り進めて捜索したんだ」。63歳のホルヘ・ガジェギジョスが語る。

 700メートルの地下に、33人の作業員が2カ月以上閉じ込められ、奇跡的に救出されたのは7年前のことだ。ガジェギジョスも、地下でドリルの音を聞いていた。今は鉱山の観光ガイドだ。男たちは極限状況をどのように生き抜いたのか。

 ▽絶望

 2010年8月5日午後。ごう音が響き、激しい揺れが襲った。推定70万トンの大岩盤が崩落した。作業員たちは避難所に逃げた。気温35度、湿度80%超。約50平方メートルの薄暗い空間では、ヘッドランプの光だけが頼りだった。

 地上との連絡は途絶していた。「事故が起きて最初の2、3日が肉体的、精神的に一番消耗した。もうおしまいだと思っていた」。34歳のカルロス・バリオスが振り返る。

 缶詰やクラッカーなど、少ない非常食を全員で分け合った。だが2週間が過ぎて、残ったのはツナ缶二つだけ。節約のためスプーン1杯のツナを3日ごとに食べるというぎりぎりの決定をした。

 死への恐怖と空腹。絶望感に押しつぶされそうになると、自虐的なジョークで紛らわせた。ガジェギジョスが語る。

 「だれかがエンパナダ(ミートパイ)を1キロ食べた話をし始めた。口の中に味が広がったよ。そいつが『コピアポでは焼き肉とアイスクリームを食ったな』と言ったところで、別のやつが跳び上がり『やめろ』と叫んだ。でも他の連中も食べ物の話を始めて…そうして気を散らしていたのさ」

 政府による懸命の捜索が続いていた。何カ所もドリルを入れて、生存者を探った。掘削音は避難所にも届いた。バリオスは「それが聞こえるようになってから、少しは気分が軽くなった」と言う。だがドリルは彼らがいる坑道になかなか到達しない。近づいたかと思えば、また遠のく。喜んだり、意気消沈したりした。

 「8月19日には、ドリルの音がすぐそばを通過していった。皆が『これでおしまいだ』と言って希望を失った。あれが一番しんどい日だった」とガジェギジョス。

 自分たち作業員を一人ずつ地上まで運んでくれた「救出カプセル」に触れ、懐かしむアリエル・ティコナと娘のエスペランサ=チリ・コピアポ(撮影・鍋島明子、共同)
 自分たち作業員を一人ずつ地上まで運んでくれた「救出カプセル」に触れ、懐かしむアリエル・ティコナと娘のエスペランサ=チリ・コピアポ(撮影・鍋島明子、共同)

 3日が過ぎた。8月22日の早朝、頭上でガリガリと岩を削る音がして、土が落ちてきた。坑道の天井をドリルが突き抜けた。皆が駆け寄り、ドリルの先を棒でたたき、ペンキで赤く塗った。手紙を結び付け「33人は避難所で元気でいる」と知らせた。食料が届くようになり、餓死の危機を脱した。希望がよみがえった。

 ▽国民性

 温厚な人柄で慕われた63歳のオマル・レイガダスは言う。「チリ人は逆境を滑稽なことに変えてしまう。ひょうきん者がたくさんいて、冗談も言い合った。笑いは大きな助けになったと思う」。仲間からは「あんたが居眠りして重機を岩にぶつけたから、崩落したんだ」とからかわれた。

 当時、事故現場で取材した地元ジャーナリストのマヌエル・ピノ・トロは、チリの国民性について「地震や津波、水害など自然災害が多い。子どもの頃から転んでも自分で起き上がるすべを身に付けている」と語る。

 心理学者のチームが地上から精神面の支援を続けた。リーダーで67歳の心理学者アルベルト・イトゥラも「ユーモアのセンスが気持ちを保つために大切だった」と言う。

 当時の保健相で、現場で医療支援の指揮を執ったハイメ・マナリクは、ジョークのコンクールを催し地下に作品を募った。最も笑いを取ったジョークは「鉱山の中でこんなに時間がかかったことはない」。スペイン語で鉱山を意味する「ミナ」には「女性」の意味もある。地上と地下で笑い声が響いた。

 極限状態での人間行動に詳しい米航空宇宙局(NASA)の専門家たちも駆け付けた。彼らは精神を安定させるため、照明で昼夜のサイクルを作るよう助言した。

 10月12日深夜から約24時間かけて、1人ずつ特注のカプセルに乗って救出された。その様子は全世界に生中継され、深い感動を巻き起こした。

 ▽「希望」

 36歳のアリエル・ティコナは地下にいた9月14日に長女が生まれた。

 坑道に閉じ込められた日々のことを笑顔を交えながら語るオマル・レイガダス=チリ・コピアポ(撮影・鍋島明子、共同)
 坑道に閉じ込められた日々のことを笑顔を交えながら語るオマル・レイガダス=チリ・コピアポ(撮影・鍋島明子、共同)

「最も幸せな瞬間の一つだった」と言う。名前は「カロリナ・エリサベス」と決めていたが、仲間の薦めで「エスペランサ(希望)」に変えた。「地下の作業員も地上の家族も、誰もが再会の希望を抱いていたから」

 事故はひどい経験だったが、少し得をした気もする。神様が起こしてくださった大きな奇跡の一部となれたからだ。

 7歳になったエスペランサには、事故のことを詳しく話していない。33人の体験を基に製作された映画を一緒に見たときは泣いていたという。「少しは分かっていると思うけど、もう少し大きくなってから教えたい」と考えている。(敬称略、共同通信・小西大輔)

◎エピローグ/鉱山に生きる

 驚いたのは、事故から生還した33人の多くが、鉱山の仕事に復帰していたことだ。カルロス・バリオスは事故の後遺症で数年間、うつの症状に苦しめられた。にもかかわらず、「14歳から鉱山で働いているから」と鉱山会社に再就職した。

 オマル・レイガダスは救出直後に外国メディアの取材で、ある鉱山に同行した。地下に降りて、試しに暗闇の中で15分間座っていたが、何の恐怖も感じなかった。

 自信を付け、再び鉱山で働き始めた。家族に懇願され、現在は別の仕事をしている。だが「戻りたくて虫が騒ぐんだ。鉱山で生まれ、育ったからね」と目を輝かせる。

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