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白黒付けるのは、大変!

2018.1.15 10:00 共同通信
書道はブームになり「書道パフォーマンス甲子園」は第10回を数え
る=2017年8月、愛媛県四国中央市
書道はブームになり「書道パフォーマンス甲子園」は第10回を数え る=2017年8月、愛媛県四国中央市

 

 大学時代、書道部で「臨書」をしていた。


 王羲之の「蘭亭序」、顔真卿の「多宝塔碑」などなど、書家の作品をまねて書くのだ。じっくり見て、字形はもちろん、線のかすれや運筆の勢いなど書家の息づかいのようなものを〝解読〟して再現する。小さい頃の「お習字」とはずいぶん違った。難しかった。

 字は似たように感じるのに、何かがおかしい、というときのこと。先輩からのアドバイスに、目からうろこが落ちる思いがしたことがある。墨の跡の黒い線だけではなく、残りの「白い部分」、ここも似ていないとダメなのだという。


 例えば「口」という漢字。内側の白い部分が逆三角形か逆さ台形か長方形か正方形に近いか…で字の印象が大きく変わる。墨を置いていない、つまり書いていないところが作品全体に影響を及ぼすというわけだ。書家自身、きっとこの白い部分にまで神経を配って書いたということなのだろう。


 このことに注意を向けられるようになった後、下手ながらも、臨書がぐっと面白くなったのを覚えている。


 日々、47NEWSに掲載するニュースに見出しをつけていて、ふと、あの時のことを思い出した。


 長らく書いてきた新聞紙面向けの記事では「見出しだけで記事の内容が分かるように」と言われたものだが、ネット上でそれでは、見出しだけ読まれて終わってしまう。記事の最後まで読み進めてもらえるよう、見出しにどこまで盛り込むかに悩むのだ。


 指を折って字数を数えつつ見出しを考えるうちに、見出しに書かない部分は書道の「白」と同じではないかと考えるようになった。書かずにおく部分が、実は大きな影響力を持つというのは共通点ではないか、と。


 この気付きをきっかけに、見出し付けがぐっと面白くなったかというと、そうはいかない。まだまだ迷いと反省ばかりだが、紙を前に精神統一、の一瞬を思い出しちょっぴり背筋を伸ばして画面に向かっている。 (47NEWS編集部 小森裕子)