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上野の「西郷さん」は仏像風?

2017.12.25 6:30 共同通信
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 先月末まで上野の東京国立博物館で開かれていた「運慶」展は、期間中の入場者が60万人を超えるなど盛況だった。筆者も閉幕前日に訪ねてみたが、館内はまさに人の海。それでも、茶碗や絵巻物とは違い展示の大半は大きな仏像。人の頭越しではあるけれど、その姿をじっくりと鑑賞できた。

 直前に「鑑賞」という言葉を使ったが、そもそも仏像は寺やお堂で「拝む」もののはず。それなのに、仏像が美術の対象として捉えられたのにはどんないきさつがあったのだろう――。ヒントになりそうなイベントが先日、東京目黒の五百羅漢寺で開催された。

 「らかん仏教文化講座」は同寺講堂を会場に、10月から隔月で開かれている連続講座だ。記者が訪ねた12月9日は、小平市平櫛田中彫刻美術館の藤井明係長が「近代彫刻としての仏像」と題して講演した。

 講演では、明治時代から現代にいたるまでの彫刻家を世代別に分けた上で、各世代の彫刻家の目に伝統的な仏像がどう写りどのように影響を受けたのかが、実際の作品とともに語られた。

高村光雲作の西郷隆盛像=東京都台東区
高村光雲作の西郷隆盛像=東京都台東区

 竹内久一、山崎朝雲、石井鶴三、橋本平八…様々な彫刻家の名が出るなか、印象に残ったのが高村光雲、光太郎父子の話だ。

 「老猿」など近代彫刻を代表する作品で知られる高村光雲は、元々が仏師だったこともあり仏像も数多く制作していた。近代的な彫刻と伝統的な仏像。光雲は両者を区別し、展覧会(まさに近代的なイベント)に仏像を出品することは少なかったそう。

 ただ、光雲の意識とは裏腹にその彫刻には仏像の影響が垣間見えるという。そのことを端的に指摘したのが光雲の長男光太郎だった。光雲の代表作の一つである上野の西郷隆盛像について次のように語っている。

 「上野に立っているあの銅像はまったく仏像彫刻の技法の一転した木彫様式の写実であって、恐らくかかる様式の最後をなすものと言えよう」(「美について」)

 藤井氏によると、光雲は西郷隆盛像を造る際、木型を原型にしたうえで銅像に仕上げていった。そうした「仏像」の名残は実物にも見え、銅像の  (ひだ)がなめらかというよりもシャープな印象になっているのはその典型だという。

 父の〝前近代性〟を指摘した光太郎であったが、彼もまた仏像の影響を受けていた。

 代表作である「手」は、仏像が手に結ぶ印相から着想したものだったと藤井氏は言う。ただ、その影響は技法を受け継ぐといった類いのものではなく、仏像を理論的に捉え直したうえで造られたものだったという。ロダンなど西洋の彫刻を研究し、仏像にも親しんでいた光太郎のまなざしは、西洋彫刻と日本彫刻に本質的な違いを認めなかった。

高村光太郎「手」
高村光太郎「手」

 

 美術の対象として仏像を「鑑賞」する。それはロダンやミケランジェロをみるのと同じように運慶や円空をみることでもある。ただ、私たちがそうしたまなざしを持つことができているのは、仏像の「美」をみつめ、それを自らの作品に生かそうとする近代の彫刻家たちの格闘のおかげかもしれない。講演を聴き終わり、そんな風に考えるようになった。(47NEWS編集部 松森好巨)

 

■「らかん仏教文化講座」は若手研究者らでつくる仏教文化資源研究会の主催。現代社会と仏教との関わりを知る上で欠かせない「近代の仏教文化」を知ることが講座の大きなテーマだ。次回は2018年2月10日、江戸東京博物館の岡塚章子学芸員が「仏像写真」について講演する。以降も仏教絵本、仏教映画、初詣、怪異、仏前結婚式、博覧会など様々なテーマで開かれる予定。各講座とも聴講料は500円で予約不要。詳細は仏教文化資源研究会のHPの参照を。

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