(18)モーリタニア 「緑の壁」で砂漠化防げ 大陸横断植林プロジェクト アフリカは一つ、胸に抱き

サッカー仲間のダーが集落を去ったのは2021年9月ごろだっただろうか。ユセフ・サラム(11)は空っぽになった友人宅の前に立つ。目前には背丈の何倍もある砂の塊が、今にも家屋を押しつぶしそうに迫っていた。
「もう慣れたよ、これのせいで引っ越していった仲良しは3人目だから。でも…」。ユセフはふと暗い表情を見せる。「いつか僕の家にも砂山が襲ってくるかもしれない」

アフリカ大陸のほぼ西端に位置するモーリタニア。その南部地域は気候変動や過剰な放牧などの影響で土はやせ衰え、拡大する砂漠が人々の暮らしを容赦なく飲み込む。
「この集落を未来へと残していくことはできないのかもしれない」。だが、60歳を過ぎたシェイク・ゴラは、ユセフら子どもたちの姿を見ながら不安を振り払う。「『壁』が守ってくれる」
▽全長8千キロ
アフリカ大陸北方に広がるサハラ砂漠。その南縁の「サヘル」と呼ばれる地域は砂漠の拡大と戦う人々の最前線となっている。この一帯で進められているのが巨大な国際植林プロジェクト「グレート・グリーン・ウォール(緑の大壁)」だ。
計画では西のセネガルから東のジブチまで、11カ国を貫く全長約8千キロの緑地帯がアフリカ大陸を横断する。2030年までの緑化面積の目標は計1億ヘクタール。完成すれば砂漠の南進を食い止める「防壁」となる。

プロジェクト発足は07年だが、モーリタニアは10年代半ばにやっと本格的な参画にこぎ着けた。プロジェクトの同国事務所長、モハメド・フセイン(62)は言う。
「新型コロナウイルスの流行で事業が思うように進められない中でも、機運を絶やさないよう懸命に活動を継続してきた。国土の8割超が砂漠のこの国にとって、存続に関わる問題だからだ」
▽くすむ故郷
国連開発計画(UNDP)が20年12月に発表した生活水準の指標「人間開発指数」の世界ランキングで、モーリタニアは189の国・地域のうち157位。資金は豊かではないが不毛の大地に緑を根付かせようと、現場で人々が奔走している。
「うん、ここまで定着すれば大丈夫」。南西部トラルザ州のプロジェクト担当者オスマン・ニアネ(44)は、広大な砂地のただ中で苗木から立派に生育した幼木の〝独り立ち〟を確認し、満足げな表情を見せた。
砂が風で流失しないように枯れ枝などで囲った1辺50メートル程度の区画を無数に準備しておき、8月前後の雨期を狙ってそこに乾燥に強い樹木の苗を一気に植える―。戦略は単純だが重労働。骨の折れる仕事を土地の人々の協力を得ながら進めるのがニアネの責務だ。

南部のトウモロコシ農家に生まれた。7人兄弟の6番目だったが学業が優秀で、両親は兄弟で唯一、中学入学のタイミングで首都ヌアクショットへと送り出した。
何を期待されているかは分かっていた。「高給がもらえる仕事に就くため」と、大学では財政学と会計学の学位を取り、ヌアクショットの会計事務所に職を得た。
だが順風な人生に迷いが生じる。戻るたびに草原地帯だったはずの故郷はくすみ、赤みを帯びた黄土色に変わっていった。実家も昔なじみたちもいつしか農業を諦めた。

「広大な薄緑の草の中を友達とどこまでもサッカーボールを追いかけていく」。幸せな子ども時代の原風景を取り戻したい気持ちが抑えられなくなった。会計事務所を辞めて政府が進めていた植林事業に参加。ノウハウを学び、16年に「緑の大壁」のモーリタニア事務所に移った。
▽共通の志
現場を見回った後、ニアネは植林帯に沿うように点在する小さな農園に必ず立ち寄る。ここで地元の女性たちに、アカシアやバラニテスといった植林に使う樹木の苗木を育ててもらっている。乾燥に強いトマトやナスなどの種子の提供、かんがい施設の整備や栽培技術の指導が報酬だ。
約50人の女性が所属する農園のリーダー、デイダ・アマ(50)は誇らしげに言う。「農園ができて家族の中での私の立場は強くなった。野菜を売ってお金を稼げるようになったから」

協力者との顔の見える関係を維持するため、砂漠を旅し続けるニアネ。妻と幼い男児2人とはほとんど会えず、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
それでも「この仕事に飛び込んだことに後悔はない」。孤独を感じる時には、延々と続く未完の植林帯の先に思いをはせる。マリ、ニジェール、スーダン、エチオピア…。国は違うが共通の志を持つあまたの同僚たちの姿が浮かんでくる。
「連帯感に胸が熱くなる。『緑の大壁』の試みはアフリカが一つであることの証しなんだ」
あまりに壮大なプロジェクトが成功裏に終わるかはまだ分からない。それでもサヘルでは、ニアネのような人々が、明るい未来を信じて今日も樹木を育んでいる。(敬称略、文・菊池太典、写真・中野智明)
◎取材後記「記者ノートから」
砂漠化のメカニズムは複雑だが、降雨パターンの変化などを引き起こす気候変動が要因の一つだとする見方が一般的だ。現場でもニアネを含む多くの関係者が、雨期が少しずつ短くなっていると嘆いていた。
気候変動の責めを負うべきは温室効果ガスを大量に排出してきた先進国のはずだが、発展途上国でより被害が深刻化している。こういった不公平を正そうという考えから、「気候正義」というキーワードが気候変動対策の議論の場でよく聞かれるようになった。
グレート・グリーン・ウォールは遠いアフリカでの試みだ。しかし気候正義を念頭に置けば無関係な出来事ではない。「まずは日本の人にこのプロジェクトへの関心を持ってほしい」。取材で繰り返し聞かされたこの言葉の響きは、決して軽くなかった。(敬称略)
筆者は共同通信ナイロビ支局長、写真は共同通信契約カメラマン。年齢は2022年11月1日現在
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