(17)日本 葬送と祈りの場を求めて ムスリム墓地に地元反対   シーク教徒、古民家で集い

2022年11月03日
共同通信共同通信

 由布岳を背に、穏やかに輝く別府湾の水面が眼前に広がっていた。JR別府駅から車で40分ほど。カトリックの「大分トラピスト修道院」(大分県日出町)は、標高約600メートルの丘の上に立っている。


 「ここに3人のイスラム教徒(ムスリム)の方が眠っています」。修道院の片隅にある墓地で、院長の塩谷久(しおや・ひさし)(57)が静かに語った。十字架の手前の敷地には、三つの盛り土がある。二つは日本人、一つはインドネシア人の技能実習生が埋葬された墓だ。墓標はないが、一つには白い石で月のマークが施されていた。


 キリスト教徒の修道院にあるムスリムの墓。そこからは、日本での「葬送の場」を求めるムスリムたちの悩みと焦りが浮かび上がってくる。

 


 ▽禁忌

 


 「別府ムスリム協会」の代表、カーン・タヒル(55)が修道院に塩谷を訪ねたのは、2018年9月のことだ。事前の連絡はなく、突然の訪問だった。「ムスリムを埋葬できる墓地がない。助けてほしい」。カーンは、ムスリムを土葬する墓地が近くにないことへの危機感を必死に訴えた。


 イスラム教の聖典コーランでは土葬が定められており、火葬はムスリムにとって禁忌だ。日本での土葬は、各自治体が条例や規則で要件を定めているが、99%以上が火葬されている。


 修道院の墓地では、亡くなった修道士を土葬してきた。カーンはそれを知り、墓地内にムスリムを土葬させてほしいと理解を求めた。


 塩谷は話を聞いた上で修道士たちと話し合い、カーンの願いを受け入れた。「神は違っても同じ信徒同士。手を差し伸べることに異論はありませんでした」。一方で、埋葬できる期間は12年とも決められた。その間に、新たな安住の地を確保することが必要だった。

 

「大分トラピスト修道院」にある墓地で、イスラム教徒(ムスリム)が土葬された場所の傍らに立つ塩谷久。宗教は異なっても、亡くなった人のために祈りをささげている=大分県日出町、2022年3月
「大分トラピスト修道院」にある墓地で、イスラム教徒(ムスリム)が土葬された場所の傍らに立つ塩谷久。宗教は異なっても、亡くなった人のために祈りをささげている=大分県日出町、2022年3月

 


 カーンは土葬のできるムスリム専用墓地を造ろうと、協会の資金集めに奔走した。同年12月、修道院の近くにある日出町の山中に、約8千平方メートルの土地を購入する。「ムスリムが安心して日本で暮らせるようになる」。胸をなで下ろしたが、それは新たな問題の発端でしかなかった。

 


 ▽権利

 


 専用墓地の建設に対し、3キロほど離れた集落の住民から反対の声が出され、計画は宙に浮いた。「山にはいろいろな動物の死骸がある。なぜムスリムの遺体だけを問題にするのか」。カーンの言葉に怒りがにじむ。


 墓地の周りをコンクリートで囲い、安全性に問題がないことを住民に何度も説明したが、聞く耳は持たれなかった。「ため池の水質が汚染される」「農業への風評被害を招く」。次々と出される懸念や反発。カーンは「ネバーエンディングストーリーだ」と嘆息した。


 IT工学を学ぶため、01年に古里のパキスタン東部ラホールから九州大大学院に留学した。その後、立命館アジア太平洋大の教授となり、大学のある別府市に居を構えた。「ラホールには海はなく、別府湾の美しさにひかれた。人々も優しい」。09年には日本国籍を取得し、妻と3人の子どもと共に日本に永住するつもりだった。


 だが、その考えは揺らいでいる。日本に対する失望はない。しかし、この地で死を迎えることへの不安が消えない。ラホールから呼び寄せた父アバス(91)が、墓地を巡る問題を知って望郷の念を口にすると、胸が痛む。

 

 「自分の望む形で埋葬されるのは、人間の基本的な権利だ。火葬が日本のやり方だとしても、ムスリムには違うということを理解してほしい」


 「埋葬の自由」と公営の「多文化共生墓地」を求めて、厚生労働省への申し入れも行った。専用墓地の開設のめどは依然として立っていないが、決して諦めることはない。その権利を訴えることは、自らにとっての「ジハード(聖戦)」でもある。

 


 ▽支え

 

 日本に住む外国人の中では、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、新たな「祈りの場」を求める人たちも少なくない。

 

茨城県境町の古民家に集まり、礼拝するシーク教徒たち。1時間以上にわたった祈りを終えると手製のカレーがふるまわれ、それぞれの近況などについて話をしていた=2021年11月
茨城県境町の古民家に集まり、礼拝するシーク教徒たち。1時間以上にわたった祈りを終えると手製のカレーがふるまわれ、それぞれの近況などについて話をしていた=2021年11月

 野菜畑が広がる茨城県境町の古民家には、ターバンを頭に巻いた男性やスカーフをまとった女性たちが、庭でインドの伝統的なミルクティー「チャイ」や軽食を楽しんでいた。その多くがシーク教徒だ。コロナ禍で換気の問題から、東京都内にあるシーク教寺院が一時閉鎖を余儀なくされ、境町に住む教徒の家に集うようになった。
 

 

 

 

 「人々に奉仕するのがシーク教の教え。集まることは祈りだけではなく、互いの近況を確かめ合う意味がある」。寺院を運営するシング・バルプール(57)は、そう話す。1992年にインド北部パンジャブ州から仕事で来日し、定住した。慣れない生活の中で、信仰が心の支えだった。


 畳敷きの大広間に30人ほどが集まり、バルプールが読み上げる経典を聞き、祈る。「古里のことを思い出した。コロナで人と会えなかったので、うれしい」。専門学校生のグルビンダ・シン(22)の目は潤んでいた。(敬称略、文と写真、佐藤大介、写真・仙石高記)

 

◎取材後記「記者ノートから」

 

 法務省の統計によると、日本に中長期間滞在している「在留外国人」は2021年6月末現在で約282万人にのぼり、1991年の約121万人から倍以上の規模になっている。日本に住む外国人が増えれば、それだけ信仰する宗教の数が増えるのも当然のことだ。
 早稲田大名誉教授の店田広文(たなだ・ひろふみ)による2018年の推計では、日本のイスラム教徒(ムスリム)は約20万人。外国人労働者の受け入れが進めば、さらに増加することが予想される。一方、土葬できるムスリムの墓地は、確認されているだけで全国に7カ所しかない。
 墓地への反対意見には、ムスリムに対する偏見がにじむ。国際化が進む中で、多様な宗教をいかに尊重し、受け入れるか。カーン・タヒルの嘆きは、日本社会への問いかけでもある。(敬称略)

 

 筆者は共同通信編集委員、写真は共同通信写真部員。年齢は2022年11月1日現在

 

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