(11)日本、中国、台湾 無国籍の差別乗り越え 「存在と権利守りたい」  日中国交正常化が契機

2022年09月01日
共同通信共同通信

 陳天璽(チェン・ティェンシ)(51)は1971年8月、中国出身の両親の6番目の子として横浜・中華街で生を受けた。両親は喫茶店と菓子店を営んでいたが、間もなく一家は国際政治の変革の波に翻弄(ほんろう)される。翌年9月の日中国交正常化が契機だった。


 中国から上野動物園にパンダが贈られることになり、国内は「日中友好ムード」に沸く。その裏側で中国、台湾からの移住者が多い中華街で戸惑いが広がった。国交正常化に伴い、日本は台湾と国交断絶。中国と日本のどちらの国籍を選ぶか、決断を迫られる。天璽の父、福坡(フーポー)(100)も振り子のように心が揺れた。


 ▽戦火を逃れ


 中国・牡丹江生まれ。少年時代に満州事変が起きた。「戦争という濁流にのみ込まれた」と振り返る。第2次世界大戦後も共産党と国民党が内戦状態に。敗れた国民党は台湾に臨時政府を置く。


 自身も戦火を逃れて台湾へ。「着の身着のままで転々とし、3年かけて、たどり着いた」。同じように中国から台湾に渡った女性と結婚。その後、旧満州で学んだ日本語を生かそうと、日本に留学する。34歳だった。


 天璽が生まれる前まで、中華街の7畳半のアパートで一家7人が身を寄せ合って暮らす。妻は近所の人に「乞食(こじき)」と呼ばれたが、片言の日本語しか分からず「ありがとう」と返事をした。凄惨(せいさん)な日中戦争の記憶、国民党と共産党とのイデオロギーの違い、いわれのない差別。さまざまな思いが交錯した末の結論は、どの国籍も選択しないこと。「無国籍も一つの国籍だ」と腹をくくった。

 

 

雪が降った正月明けの午後、横浜中華街の関帝廟(びょう)に立つ陳天璽。「五輪でもなんでも、国籍がベースになる。人は国籍があって当然という考えに疑問を持っている」。日本国籍を取得しているが、どこの国にもすっぽりとはまらない無国籍である方が自分らしいと思う=2022年1月
雪が降った正月明けの午後、横浜中華街の関帝廟(びょう)に立つ陳天璽。「五輪でもなんでも、国籍がベースになる。人は国籍があって当然という考えに疑問を持っている」。日本国籍を取得しているが、どこの国にもすっぽりとはまらない無国籍である方が自分らしいと思う=2022年1月

 


 ▽マイノリティー


 家族全員が無国籍になったが、在留資格を持っている。日常生活に変化はなかった。菓子店から業態を変えた中華料理店も徐々に軌道に乗り始める。でも時折、さざ波が立った。天璽は横浜の有名私立小学校を受験した。両親と一緒の面接後「天璽ちゃんは外で待っていて」と面接官に言われた。両親への質問は長時間に及ぶ。「なぜ無国籍なのか」。前例がないと入学を断られた。


 結局、小中学校は台湾系の教育で知られる横浜中華学院に進学する。公立高校卒業後、筑波大に入学し転機が訪れた。大学3年の時、米国に留学。他の学生から「どこから来たの?」と頻繁に聞かれ、言葉に窮した。迷った末の答えは「日本から来た中国人」。寮で仲良くなった女性が在日韓国人と知り、親近感を抱いた。黒人の学生とも友達に。マイノリティーや多文化共生にひかれていった。

 

無国籍と記載された陳天璽の過去の運転免許証。身分証の提示を求められ、見せるたびに相手は理解できない様子で固まった。失効した今でも財布に入れていつも持ち歩いている=2022年1月
無国籍と記載された陳天璽の過去の運転免許証。身分証の提示を求められ、見せるたびに相手は理解できない様子で固まった。失効した今でも財布に入れていつも持ち歩いている=2022年1月

 就職は憧れていた国連を希望したが、国籍取得が条件と言われ不採用に。「がくぜんとした」。帰国後、フィリピンで華僑の会合があり、両親に同行した。帰りに立ち寄った台北の空港で天璽だけが入国を拒否される。両親は、かつて台湾に住んでおり、身分証を持っていた。「私だけ入国審査係官に、ちりやほこりのように煙たがれた」。やり切れない思いで一人、羽田空港に戻った。

 

 


 「個人と国の間に複雑にからまっている糸を解きほどきたい」。理不尽な体験をばねに、無国籍の問題を研究テーマにする。無国籍のままだとフィールド調査の渡航の際に入国拒否の恐れがある。そのため法務局に日本国籍の取得を相談した。


 しかし留学していたことが障害に。「日本に5年以上住んでないと駄目。日本人と結婚した方が近道だよ」と担当者に言われる。「結婚の選択まで国は決めるのか」と怒りがこみ上げたが、2003年に国籍を取得。でも胸中は複雑だった。父は冷静だったが、日本軍への嫌悪感が消えない母は口をきいてくれなくなった。


 ▽父の言葉


 現在、早稲田大教授として中国語と移民研究を担当する。教壇に立つ傍ら、NPO法人「無国籍ネットワーク」で有志や学生と一緒にコロナ禍で差別され、困窮する無国籍の人を支えている。援助物資の配布、子どもの勉強サポート、法律相談と活動は多岐にわたる。


 天璽は言う。「国連は無国籍者をゼロにしようとしている。でも大切なのは、存在を知ってもらうこと。その上で彼らの権利を守りたい」


 小学校1年生の時の体験が活動の原点になっている。図書室の本棚で分厚い写真集をたまたま目にした。銃を突きつけられ、生き埋めにされている。軍服や国旗から日中戦争の写真だと幼心にも分かった。


 衝撃を受けた。授業を抜け出し、泣きじゃくりながら家路につく。「どうして私は敵国の日本にいるの?」と父に尋ねると、しばらくして不安を和らげるように諭された。「国と国の関係よりも、人と人の関係はもっと深い。おまえも国を超える人になってほしい」


 天璽の名は「天から授かった大切なもの」との意味が込められている。カトリックの洗礼を受け、ララという愛称で呼ばれている。「私は中華街で生まれたララ。国籍も国境も関係ない、ただのララです」(敬称略、文・志田勉、写真・鷺沢伊織)

 

 ◎取材後記「記者ノートから」

 

 無国籍者は無国籍者の地位に関する条約で「いずれの国家によっても、その法の運用において国民と認められていない者」と規定している。だが実態はあまり、知られていない。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、世界の無国籍者は少なくとも420万人(2020年)。法務省調査で在留資格を持つ日本の無国籍者は約600人いる。しかし無国籍であることに気づかずに日本で生活し、結婚しようした際などに無国籍が判明するケースがある。陳天璽は「実際の数はもっと多い」と言う。
 無国籍者は紛争や国家の独立など政情不安以外にも、さまざまな事情から生じる。陳は「国籍という制度がある以上、そこから、こぼれ落ちる人はなくならない」と指摘する。(敬称略)

 

 筆者は共同通信編集委員、写真は共同通信写真映像記者。年齢は2022年9月1日現在

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