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在日3世の柔道家、“イムジン河”越え世界へ 京都育ちの韓国・安昌林が銅メダル

2021.7.27 21:00 共同通信
男子73㌔級3位決定戦で勝利し、銅メダルを獲得した安昌林=日本武道館
男子73㌔級3位決定戦で勝利し、銅メダルを獲得した安昌林=日本武道館
 「みんな何かを背負って生きてますから」。朝鮮半島にルーツがあり日本社会で暮らす在日韓国・朝鮮人の人たちが時折、口にする言葉だ。柔道男子73キロ級に韓国代表として出場し、銅メダルを獲得した27歳の安昌林(アン・チャンリム)も「在日としての使命」を背負い、生まれ育った日本での五輪を全うした。
 ▽「パッチギ!」
 6月半ば、京都市を南北に流れる鴨川のほとりを安の父親、安泰範(アン・テボム)さん(56)と小雨の中を歩いた。在日コリアンが多く住む、鴨川西岸の東九条地区が父子の日本での古里だ。筆者はスマートフォンにダウンロードした「イムジン河」の曲をかけた。泰範さんは「『イムジン河』か。ええ曲やなあ…」と思わずつぶやいた。
 この曲はもともと北朝鮮で作られ、1960年代終盤に日本でもザ・フォーク・クルセダーズが歌って広く知られた。京都市内の朝鮮高級学校生と日本の高校生らの生きざまを描き、2005年にヒットした青春映画「パッチギ!」(井筒和幸監督)の中で主題歌として流れた。
 鴨川を、韓国と北朝鮮の間に流れるイムジン河(臨津江)に見立て、日本社会との壁に葛藤しながら生きる在日コリアンの思いも見事に切り取った作品だ。泰範さんは「昌林はいつも『パッチギ!』のビデオを見て試合に臨むんですよ」とそっと教えてくれた。
 ▽“大将”ちゃんくん
 在日コリアンは彼らのコミュニティーだけでなく、日本人との共生によって地域の市民生活を形づくる。在日3世の安は1994年3月2日、東京都保谷市(現・西東京市)で生まれた。通った東京都東村山市の保育園では器用に立ち回るタイプではなかったが、力持ちで率先して重たい物を運んだりしていたという。担任だった松浦奈緒さん(44)が卒園記念文集に手書きした「贈る言葉」を指さしてほほ笑む。「あまえんぼうだけどいざっていうときには『おれはおとこだ!』とがんばるちゃんくん」(原文のまま)。
 園は個人の人格を尊重するという教育方針の下に「国籍、人種、障害。それぞれの持ち味を生かすことを子どもたちも感じてほしい」(当時の職員)と教室の壁にハングルの表が貼られ、韓国・朝鮮語のあいさつも教えていたという。卒園写真に写った安は民族衣装のパジチョゴリ姿。わだかまりや差別とは無縁な世界でやんちゃ盛りは伸び伸びと育った。当時の職員は「人情に厚い、人の輪ができる『大将』だった」と懐かしむ。
 ▽父親からのLINE
 栗駒山を望む田園地帯にある宮城県栗原市。安の応援組織で「広報部長」を自認するのはイベント業、佐藤広輝さん(44)だ。安の今の実家がある京都市からはるか遠い地で、公式ウェブサイト制作などに携わる。
 地元と韓国との交流ができないかと思っていた直後、2016年リオデジャネイロ五輪に出場した安の映像を目にした。直感的に「華のある選手だな」と好印象を抱いた。「韓国の彼がこっちで講演してくれたら」とSNSを通じて安に便りを送り、返信が届いたのが契機になった。
 若い頃は日韓にまつわる歴史をあまり意識したことはなかった。栗原市での安の講演会は19年9月に実現した。その翌日、泰範さんから「佐藤さんのやりたいことはできましたか」とLINE(ライン)のメッセージが届いた。「他人を大事にする人たちだな。(日本と朝鮮半島で)時代や関係が変わっても、人は気持ちの部分でつながっている」と感激した。意気に感じて、今では在日コリアンの集住地域である大阪市生野区にも行き、応援組織が作る安のポスターを貼る。
 ▽僕は在日代表
 安は筑波大在学時まで、国籍のため出場できない日本の国内大会もあった。韓国代表として五輪の大舞台を踏むという志を胸に、渡韓して強豪の竜仁大に編入した。柔道家としての運命を決める、本人の究極の決断だった。
 後援会が作ったポスターに「ひとつの/ひとりのコリアンとして未来を変えていく―それが、俺のうたう詩」の文字がある。神奈川・桐蔭学園高1年の時に泰範さんと交わした手紙の中で、父は「在日は在日の中で勝負する時代はすでに終わった。在日は在日を軸に世界で勝負する時代」と息子の行路を照らした。
 安は以前、「僕は在日代表と思って試合している。後輩たちにはいろんな壁や国境を越え、活躍の場を広げてくれたらこれ以上うれしいことはない」と話したことがある。社会一般には、かつてのように在日コリアンに対してあからさまな偏見や差別の目を向ける風潮は薄れてきたと感じる。しかし、ヘイトスピーチに象徴されるように時にそうした意識が頭をもたげてくることがある。在日にとっての見えない壁を「イムジン河」に例えるなら、安は日本での五輪という特別な舞台でその川を越え、世界に力強くその名を刻んだ。(共同通信・豊田正彦)