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制裁乗り越え晴れ舞台 八村らバスケ男子の「奇跡」はなるか

2021.7.27 14:53 共同通信
制裁乗り越え晴れ舞台 八村らバスケ男子の「奇跡」はなるか
制裁乗り越え晴れ舞台 八村らバスケ男子の「奇跡」はなるか
 日本のバスケットボール男子にとって、実に11大会ぶりとなる晴れ舞台が始まった。26日の1次リーグC組初戦は世界ランキング2位の優勝候補スペインに77-88で敗れたが、日本の世界ランクは42位。番狂わせが起こりにくいこの競技でスペインと4位のアルゼンチン、16位のスロベニアから1勝でも挙げれば「奇跡」とさえ言える。だから目標はまず1勝。実現すれば、C組3位になってベスト8に滑り込む可能性が出てくる。残り2試合で、世界を驚かすことができるか。
 ▽全代表の試合禁止
 あの日があるから今があるのかもしれない。2014年11月26日、日本協会は二つあった国内男子リーグを統合できなかったことで、国際連盟(FIBA)から衝撃的な資格停止処分を科された。男女とも全年代の代表チームの対外試合禁止というショック療法で、開催が決まっていた東京五輪に向けての改革断行を日本協会に迫ったのだ。
 FIBAは特に、1976年モントリオール大会を最後に五輪に出場できない男子代表の競技力の低さも憂慮していたという。協会を指導する特別チームのチェアマンを託したのは、川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問(元会長、東京五輪選手村の村長)だった。
 川淵氏はJリーグを立ち上げたときと同様の豪腕で2リーグを統合し、後にBリーグを名乗る新プロリーグ創設にこぎつけた。15年5月に日本協会の新会長に就任し、FIBAから処分解除を認められると、1年後に技術委員会を新設。委員長には統合前のTKbjリーグ浜松・東三河の東野智弥監督を迎え、会長の座は三屋裕子副会長に譲った。
 1984年ロサンゼルス五輪バレーボール女子銅メダリストの三屋会長は引退後、民間企業の社長を務めるなど実業界での経験もあり、協会の組織改革をさらに推し進めた。東野委員長は東京五輪に向けて男女とも代表監督を外国人に代え、男子は2012年ロンドン五輪で母国アルゼンチンを4位に導いたフリオ・ラマス氏に委ねた。二重国籍など日本のパスポートを持って海外に住む若手の発掘にも取り組み、今回の代表には米ハワイ出身の渡辺飛勇(琉球)が入った。
 ▽開催国枠勝ち取る
 五輪の団体球技は、よほどのことがない限り開催国に出場枠が与えられる。大会の盛り上がりはもちろん、その国での普及振興にもつながるからだ。だが、16年リオデジャネイロ五輪でベスト8に食い込んだ女子とは対照的に、男子は世界との差があまりに大きかった。東京五輪の開催国枠を得る条件は、出場に値する競技力を示すこと。19年男子ワールドカップ(W杯)への自力出場が最低ライン、ベスト16入りさえ必要かとみられていた。
 そのW杯アジア1次予選も4連敗と黄信号がともったところで、救世主が現れた。米ゴンザガ大で注目されていた八村塁と、日本国籍を取得したばかりのファジーカス・ニック(川崎)だ。2人の高さが加わった18年6月の5戦目で全勝中のオーストラリアを破ると、次も勝って2次予選に進出。NBA入りが期待されていた渡辺雄太も加わり、19年2月の最終戦まで8連勝して3大会ぶりのW杯切符をつかみ取った。
 1カ月後、W杯本大会を待たずに開催国枠を与えるとの朗報が届いた。三屋会長は東京五輪を前に「W杯予選から『これは五輪予選でもあるんだ』と言い聞かせながら強化に努めてきた」と振り返った。
 ▽1勝、そしてパリへ
 八村は19年の米プロNBAドラフトで日本人初の1巡目指名を受け、ウィザーズに入団した。2季目は体が一回り大きくなり、シュートの精度も向上、プレーオフも経験して五輪代表に合流した。渡辺雄はことし4月にNBAラプターズと本契約。資格停止処分を受けたとき、その2年後にBリーグが大きな注目を集めて開幕し、男子代表がNBAプレーヤーを2人も擁して東京五輪のコートに立つと想像した人はいただろうか。
 スペイン戦の先発は、この2人とオーストラリアでプレーする馬場雄大の海外組が3人。ラマス監督に高さ対策としてポイントガードにコンバートされた田中大貴(A東京)と、日本国籍を取得した米国出身のエドワーズ・ギャビン(千葉)の5人。平均身長は201センチというサイズアップも果たした。
 試合は第2クオーターに26-26と追い付いた途端に相手がギアを上げ、一気に19点差をつけられて、追い付くことはできなかった。それでも「小さいときからの夢で、NBAとともにずっと目指してきた。誰もが立ちたい舞台で代表としてやれることを誇りに思う」と話していた八村は、両チーム最多タイの20得点。渡辺雄は19得点、8リバウンドと、二枚看板は真価を発揮した。
 ただ、東京五輪はあくまで通過点。沖縄でも試合が行われる23年W杯でのアジア勢最高位、翌年のパリ五輪での飛躍を大目標に「今回のメンバーが何を得られるか。1勝であり、ギリギリの試合ができるか」と、東野委員長は選手たちの挑戦を見守る。
 サッカーはJリーグの発足で五輪の舞台に戻り、W杯の常連国に成長した。Bリーグという礎ができたバスケットボール男子も世界大会に出続け、上位をうかがい、日本選手がどんどん海外でプレーするような成長曲線を描けるか。10年後、20年後、東京五輪に出られたから今がある、と言える日が訪れるだろうかー。(共同通信・名取裕樹)