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聞こえない感動のピストル 復興からもはるかに遠く ロバート キャンベル(日本文学研究者) リレー評論「解読オリンピック」

2021.7.26 11:00 共同通信
 

 スポーツの祭典の最高峰に光を求めたい。のに、エモーションが湧かない。選手の汗と技量に心からのエールを送りたいけれど、感動のピストルが聞こえない。

ロバート キャンベルさん
ロバート キャンベルさん

 

 東京五輪・パラリンピックのモットーは「United by Emotion(感動で、私たちは一つになる)」である。元々、英語の「エモーション」という言葉には心拍数が上がらない、どこか冷たい響きがある。しかし感動が湧かないのは、無観客で観戦がフラットな画面からしかできないためだけではない。東京都内では1日の新規コロナ感染者が2千人に迫り、「第5波」のただ中にある。国際オリンピック委員会のバッハ会長と大会組織委員会が誇るバブル方式には、数え切れないほどの穴が開いている。だが、それだけが理由でもない。

 コロナ禍で孤独に耐えつつ練習を続けた選手たちの姿を映し出す開会式の映像を見ながら、頭をよぎるものがあった。それは裏切られた期待と、居場所を無くした人々を巡る私の長い記憶である。

 8年前の9月8日早朝(日本時間)、2020年の夏季五輪の開催都市が「東京」と決まった直後にその決定を人はどう見たのか、SNSで声を拾ってみた。すると、明るい言葉の一つひとつには、重いメッセージが込められていた。

 例えばその日の午前5時23分のある人の発信。「2020年オリンピック開催地、東京決定おめ!原発とか汚染水とかデフレとか解決目標期限ができたね」。若年層は、7年間を期限と捉え、課題解決の糸口を見いだそうと期待したらしい。

 しかし現実は、五輪を追い風に改善された社会問題が皆無と言っていいほどである。開催発表の直後から日本政府が理念に掲げた「復興五輪」の下では、復興からも五輪憲章からもはるかに遠い事態が起きた。

 原発事故で発生した膨大な放射性物質の除染作業はずっと続く。一方、五輪関連の施設工事や東京の再開発に労働力は吸い取られ、東北は人手不足に陥った。外国人技能実習生が除染作業に駆り出されて問題になったこともあったが、それ以前から低賃金労働者が被災地に集められ、除染や廃炉作業に当たってきた。

 彼らの中には、作業に直接起因しない既往症などを抱え、現地で命すら落とす者も相次いでいる。福島県南相馬市のある寺院は、引き取り手がいない「行旅死亡人」の遺骨を預かっている状態だという。

 「復興」を妨げる側面を持った五輪に、今は心が躍らない人もいるだろう。だが私たちが生きる同じ時空に、一生分の緊張と感動に包まれた若い選手たちもそろった。彼らは異なる環境で育ち、それぞれの社会に生じる課題を抱えてやってきた。選手村や競技場からSNSで彼らの視線を共有しようとしている。

 怒り、失望、懸念、そして希望。全ての光と影が今、五輪というレンズを通して私たちの前に映し出されている。五輪への疑問をそのままに、選手の多様な表現に触れ、五輪という体験を豊かに膨らませることは可能なはずだ。
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 ROBERT CAMPBELL 1957年米ニューヨーク生まれ、早稲田大特命教授。専門は近世・近代日本文学。