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東京五輪・パラリンピック

先輩後輩でカヌーけん引 2種目入賞の竹屋美紀子 【わが街 オリンピアン 山形県】

2021.6.24 15:00
山形新聞社提供、山形・谷地高の先輩後輩で2004年アテネ五輪にカヌー代表としてそろって出場した竹屋美紀子(左)と白田美由希
山形新聞社提供、山形・谷地高の先輩後輩で2004年アテネ五輪にカヌー代表としてそろって出場した竹屋美紀子(左)と白田美由希
 山形県のスポーツ界をけん引するのがカヌー・スプリントだ。地元国体を機に強豪県の地位を確立し、待望のオリンピアンが誕生したのは2004年。精鋭ぞろいの谷地高で力を磨いた竹屋美紀子(39)=現姓丸山=と白田美由希(35)=同寺本=がアテネの地で躍動した。
 竹屋は高校から競技を始めた。きっかけは中学時代に新聞で見た「谷地高先輩の格好いい姿」への憧れだった。強くなりたい一心でがむしゃらにパドルをこぎ続けた努力家は高校、大学で多くのタイトルを獲得。指導者として母校に戻り、アテネ大会に出場。カヤックフォアで日本女子として初めて決勝に進んだ。
 竹屋の4年後輩に当たる白田は追加で代表に選ばれた。当初は「補欠」扱いだったが、竹屋に引けを取らない実績があったからこそ、カヤックシングルにエントリーされた。「正式に参加できるという知らせを聞いた時は本当にうれしかった」。決勝進出はかなわなかったが「世界のレベルを目の当たりにし、いい経験になった」と率直な心境を語った。
山形県
 

 高校時代の2人を指導したナショナルチームの木村文浩強化委員長(54)は「竹屋は常に全力で頑張り、白田は黙々と練習に取り組む姿勢が印象的だった。2人とも五輪出場を果たした時は感慨深いものがあった」と振り返る。

 4年後の北京大会で竹屋はカヤックフォア6位となり、この種目で日本勢初入賞。カヤックペアでは自己最高の5位に食い込んだ。09年度に教諭を退職して選手生活にもピリオドを打った。最後に伝えた言葉は「夢を持てばやれないことはない」。スプリント初のメダル獲得を後進に託した。(山形新聞社=須藤仁記者、2020年2月12日配信、所属肩書は当時)