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東京五輪・パラリンピック

小さな町から次々五輪へ レスリング柳田英明ら 【わが街 オリンピアン 秋田県】

2021.6.22 15:00
1972年ミュンヘン五輪レスリング男子フリースタイル57㌔級でイラン選手(下)を破り、金メダルに輝いた柳田英明(共同)
1972年ミュンヘン五輪レスリング男子フリースタイル57㌔級でイラン選手(下)を破り、金メダルに輝いた柳田英明(共同)
 秋田県央部にある八郎潟町は、東京・新宿区とほぼ同じ面積17平方キロメートル。県内25市町村で最も小さい人口約5700人の町から4人の五輪選手が生まれている。うち2人は金メダリストだ。
 レスリングの柳田英明(73)=1972年ミュンヘン金=と佐藤満(58)=88年ソウル金、92年バルセロナ、重量挙げの一ノ関史郎(76)=64年東京銅、68年メキシコ=と斉藤久治郎(72)=ミュンヘン。「小さな町で生まれ育ちながらも、五輪という大舞台で金を取ったことは誇り」と今は町内で酒屋を営む柳田が語る。
 町の体育協会長を10年以上務める斉藤は「スポーツが盛んな土地柄。レスリング、重量挙げも子どもの頃から指導を受けられる環境がある」。自身も中学時代、一ノ関から手ほどきを受け選手としての礎を固めた。
 金足農高、法政大と進んで実績を重ねたが、五輪には苦い思い出が残る。減量に苦しみ体調が万全でない上、競技中に背筋を痛めて記録を伸ばせず12位に沈んだ。「『こんなはずではなかった』とショックだった」
秋田県
 

 斉藤は県職員を定年退職した2008年、自宅敷地内に無料のトレーニングセンターを開設。私費約500万円を投じ、40平方メートルほどの木造平屋に各種トレーニング器具をそろえた。小中高生の育成に加え、高齢者らの健康づくりの場としても活用されている。

 町には地元五輪選手の功績をたたえるオリンピック記念会館がある。写真や新聞記事、寄贈された日本選手団ユニホームなど約40点が並ぶ。隣接するアリーナでは週2回、柳田が小中学生にレスリングを指導している。斉藤のトレセンとともに、この町から好選手が輩出される背景の一端を見た気がした。(秋田魁新報社=藤田向記者、2020年2月5日配信、所属肩書は当時)