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東京五輪・パラリンピック

美しき体操の「キング」 個人総合V2内村航平 【わが街 オリンピアン 長崎県】

2021.6.8 15:00
2016年リオデジャネイロ五輪体操男子個人総合で金メダルを獲得した内村航平の演技。(左上から時計回りに)あん馬、鉄棒、床運動、つり輪、平行棒、跳馬(共同)
2016年リオデジャネイロ五輪体操男子個人総合で金メダルを獲得した内村航平の演技。(左上から時計回りに)あん馬、鉄棒、床運動、つり輪、平行棒、跳馬(共同)
 2012年ロンドン五輪の体操男子個人総合。日本選手として28年ぶりに立った表彰台の真ん中で、当時23歳の内村航平は晴れやかに笑った。「(金メダルは)重いし、一番輝いている。やっとここまで来た」。長崎県勢で全競技を通じて初めての五輪金メダリストが誕生した。
 諫早市出身。父の和久さん、母の周子さんが経営する「スポーツクラブ内村」で3歳から競技に親しんだ。身上とする「美しい体操」に磨きをかけ、五輪初出場の08年北京大会で個人総合銀メダルを獲得。翌年の世界選手権を皮切りに、リオ五輪まで世界一を守り続け「キング・オブ・ジムナスト(体操の王者)」の称号をほしいままにした。
 30歳を過ぎた現在、長崎ちゃんぽん店などを展開する“同郷”のリンガーハットと所属契約を結び、日本体操界初のプロ選手として活動する。競技の普及に力を入れると同時に、度重なるけがと闘いながらも、東京五輪からは目をそらしていない。
長崎県
 

 7年前のロンドンについて「今思えば、通過点だった」と振り返る。3度の五輪で最も印象に残っているのは、団体と個人総合の2冠を達成したリオ大会。「自分が一番ほしい団体の金メダルが取れた。(0・099点差で)連覇した個人も、歴史に残るような戦いが見せられたのは、すごく大きかった」

 元号が昭和から平成に変わる5日前に生を受けた内村。「航平」の名には、両親の「新たな時代の航海を真っすぐ、すいすいと進んでいってほしい」という願いが込められている。「キング」はその名の通り、平成の世を堂々と渡ってきた。(長崎新聞社=黒川美穂子記者、2019年12月4日配信、所属肩書は当時)