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不遇乗り越え連続4位 マラソンの中山竹通  【わが街 オリンピアン 長野県】

2021.5.11 15:00 共同通信
1988年のソウル五輪陸上男子マラソンで、5㌔付近を先頭で走る中山竹通(共同) 
1988年のソウル五輪陸上男子マラソンで、5㌔付近を先頭で走る中山竹通(共同)
 陸上男子マラソンの優勝候補だった1988年ソウル五輪。中山竹通(59)は得意の先行逃げ切りに持ち込めなかった。直前の合宿で追い込み過ぎ、疲労が抜けないまま出場。終盤遅れて4位に終わった。「金メダルでなければ2位もビリも一緒」。歯に衣(きぬ)着せぬ発言からは、強烈な悔しさがにじみ出た。
 長野県池田町で生まれ育ち、高校時代は全国大会出場経験がない。陸上部がある県内企業への就職を希望したが、実績不足で不採用に。国鉄の臨時雇用員などで過ごした不遇の3年間を「最も厳しい時期だったが、何もない中でどうすれば結果が出せるかを考え、成長したのもこの頃」と振り返る。
 県内の駅伝大会で実績を重ね、21歳で富士通長野に就職。フルタイムで働きながら、朝は雪が降る日も1人で毎日20キロを走った。チームメートだった福嶋正さん(現富士通監督)は「ものすごい勢いで強くなっていった」と言う。23歳でダイエーに入り、2年後の85年に当時世界歴代3位の2時間8分15秒の日本最高をマークした。
 選手としてのピークを過ぎていた92年バルセロナ五輪は再び4位。ソウルの6秒差に続き、2度目も2秒差でメダルに届かなかった。
長野県
 

 64年東京五輪バレーボール女子優勝の渋木綾乃(78)に続く、県出身者2人目の夏季五輪メダリスト誕生は2008年北京五輪。塚原直貴(34)が陸上男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した。

 16年リオデジャネイロ五輪ではバドミントン女子シングルスの奥原希望(24)、陸上男子50キロ競歩の荒井広宙(31)、アーティスティックスイミングの箱山愛香(28)がいずれも銅メダル。奥原と荒井は東京五輪で違う色のメダルを狙う。(信濃毎日新聞社=小平匡容記者、2019年8月14日配信、所属肩書は当時)