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自分と向き合い頂点へ 柔道金の塚田真希 【わが街 オリンピアン 茨城県】

2021.5.3 15:00 共同通信
2004年アテネ五輪の柔道女子78㌔超級で、塚田真希はキューバ選手を後ろけさ固めで破り金メダルを獲得(共同)
2004年アテネ五輪の柔道女子78㌔超級で、塚田真希はキューバ選手を後ろけさ固めで破り金メダルを獲得(共同)
 日本のお家芸・柔道。正式競技となった1964年東京五輪(女子は92年バルセロナ五輪)以降、多くの金メダルを獲得したが、女子最重量級を日本選手が制したのは2004年が最初だった。
 アテネ五輪78キロ超級金メダリストの塚田真希(37)は、決勝の畳に上がる直前の心境を今でも思い出せる。「重圧が興奮に変わっていくような感覚。こういうのも緊張感と呼ぶのかな」。試合は投げられた直後に相手を抑え込んで一本勝ち。大逆転で栄冠をつかんだ。
 常ににこやかで、冗談を交えて相手を笑わせる。そんな塚田が五輪覇者にまで上り詰めたのは、2人の先輩の助言があったからだった。
 競技を始めたのは下妻中時代。絵を描くことや工作が好きで、美術部に入ろうと決めていた。しかし、当時地元で“ヤワラちゃん”と呼ばれていた上野敦子さんに「一緒にやろう」と声を掛けられた。「有名人に誘われたのがうれしくて、舞い上がった」。美術部を諦め、柔道部に入部した。
茨城県
 

 土浦日大高時代は挫折を味わった。練習についていけず、1年生の夏休みには「やめたくなった」。そんな時、偶然練習を見に来ていた同校OGの斉藤紀江さんに「逃げてばかりで楽しい? もう少し自分と向き合ってみたら」と言われ、考えを改めた。

 「相手を倒すことばかり考えず、自分の悪いところを直そう」。稽古に取り組む姿勢が変わると、練習の質が高まった。体力が付き、できる技が増え、結果が出た。
 自分と向き合うこと。その後の柔道人生で、最も大事にしてきたことだ。日本女子代表コーチや東海大女子監督を兼任する現在も指導の根底となっている。(茨城新聞社=矢幡佳那子記者、2019年7月10日配信、所属肩書は当時)