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「体操の神様」40歳で金 男子団体初Vの竹本正男 【わが街 オリンピアン 島根県】

2021.4.20 14:00 共同通信
40歳で出場した1960年ローマ五輪の体操男子鉄棒で2位になるなど「体操の神様」と呼ばれた竹本正男(共同)
40歳で出場した1960年ローマ五輪の体操男子鉄棒で2位になるなど「体操の神様」と呼ばれた竹本正男(共同)
 神話の国は、日本の五輪草創期から多くの五輪関係者を生んだ。その中で代表的選手は「体操の神様」の異名を取った竹本正男だろう。
 1930年代、旧制浜田中(現浜田高)で体操を始めた。「『体操をやっています』と言うと『何だ! ラジオ体操か』と言われた時代だった」と本人は述懐したが、島根は日本体操協会の前身、全日本連盟創設の翌31年には県の組織ができたように早くから普及が進んだ。だが戦争の影響で、竹本の五輪デビューは大幅に遅れた。
 五輪初出場は日本の五輪復帰が認められた52年ヘルシンキ大会で、既に32歳になっていた。跳馬で銀メダルを獲得したが、ソ連の強さに圧倒された。「相手が十やるなら十五やる」と打倒ソ連に励む。そして60年ローマ五輪でついに団体総合を制した。時に40歳。体操の最年長金メダリストに輝いた。オールラウンドに隙のない「体操ニッポン」を象徴した選手だ。
島根県
 

 同じ浜田市からは64年東京五輪の日本選手団旗手で、競泳男子800メートルリレーで3位になった福井誠が生まれた。リレーのアンカーは大田市出身の岡部幸明が務め、東京大会で水泳唯一のメダルに島根県出身の2人が大きく貢献した。

 戦前の大日本体育協会第2代会長や国際オリンピック委員会(IOC)委員だった岸清一、32年ロサンゼルス五輪陸上男子100メートル6位で「暁の超特急」と言われた吉岡隆徳も島根県人だ。
 テニスの錦織圭(29)も松江市出身。中学から米国に渡り、才能が開花した。リオデジャネイロ五輪ではスペインのナダルを破ってテニスで日本勢96年ぶりの五輪メダル(銅)をもたらした。(共同通信=小沢剛、2019年10月2日配信、所属肩書は当時)