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父の無念、娘が晴らす 射撃の石原敬士・奈央子 【わが街 オリンピアン 栃木県】

2021.4.14 14:00 共同通信
幻の五輪代表だった父の無念を晴らし、2016年リオデジャネイロ五輪のクレー射撃女子スキートに出場した石原奈央子(共同)
幻の五輪代表だった父の無念を晴らし、2016年リオデジャネイロ五輪のクレー射撃女子スキートに出場した石原奈央子(共同)
 栃木県鹿沼市の市街地からバスで山道を1時間。1300年以上続く古峯(ふるみね)神社の第84代宮司、石原敬士(76)はクレー射撃の名手だった。彼こそ「日本で最も不運なオリンピアン」かもしれない。
 石原は明治初期に祖父が神社の敷地内に造った射撃場で腕を磨いた。25歳の時、1968年メキシコ五輪代表に決まりながら、日本協会の散弾横流し事件で出場辞退。4年後のミュンヘンも協会の不祥事でチャンスを失い、76年モントリオールの代表争いはライバルの元首相、麻生太郎(78)に敗れた。
 やっと80年モスクワ大会の切符をつかんだ。世界タイ記録も出し、絶好調だった。「今度こそメダルをと考えていた」。しかし、日本はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して不参加。また“幻の代表”に終わった。
 有力選手が涙ながらに出場を訴えるニュースを、石原は「国が国策として決めたこと。仕方がない」と冷めた目で見ていたという。間もなく銃を置き、神主の仕事に打ち込んだ。
 神職の資格を持つ3姉妹の次女奈央子(44)は30歳すぎから本格的に射撃を始めた。父親譲りのセンスで急成長。父と同じクレー・スキート種目で2016年リオデジャネイロ五輪に出場した。
 石原はリオで初めて奈央子の試合を見た。無念を晴らしてくれた娘に感謝しつつも、予選敗退という結果に納得はしていない。「一生懸命やりましただけでは、メダルは取れない。どれだけ真剣に取り組むかだ」
栃木県
 

 20年東京五輪で雪辱を期す奈央子と約束していることがある。宮司を継ぐため「メダルを取っても、取れなくても最後の五輪」。親子の集大成を誓い合い、山あいの射撃場で厳しい練習が続く。(共同通信=楠晃郎、2019年8月7日配信、所属肩書は当時)