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東京五輪・パラリンピック

【聖火リレー アラカルト】 公道中止も「選ばれ自信」 難病から復活、走者の女性

2021.6.20 13:00
自宅でもトレーニングは欠かさないと話す元アイスホッケー選手の松下容子さん=4月、北海道帯広市
自宅でもトレーニングは欠かさないと話す元アイスホッケー選手の松下容子さん=4月、北海道帯広市
 新型コロナウイルス感染拡大を受け、北海道では13日、東京五輪聖火リレーの代替行事として白老町のアイヌ文化施設で点火式典が行われる。帯広市の団体職員松下容子さん(38)は、難病によるつらい生活を支えてくれた周囲に走者として元気になった姿を見せようとしていたが、公道リレーは中止に。それでも「選んでもらえたこと自体が自信になっている」と話す。
 松下さんは小学生のころ、アイスホッケーを練習する兄を見て「自分もやりたい」と競技を始めた。高校時代には日本代表候補の合宿にも参加。五輪で活躍するような選手を目指していたが、2008年に急に右脚が曲がらなくなった。50万人に1人の難病と診断され、医師からは選手として活躍するのは難しいかもしれないと告げられた。
 「そう言われてもすぐには諦められなかった」。競技復帰を目指し繰り返し手術を受け、当時所属していたクラブチームの友人もリハビリを手伝い励ましてくれたが、脚は思うように動かなかった。葛藤の末、17年にチームを去った。
 リハビリの一環でランニングを取り入れ、右脚に不自由さが残るものの今ではハーフマラソンを完走できるまでに。19年に聖火ランナーの募集を知り、「今できることに全力で取り組み、悔いなく生きることを目標にしている」と志望動機を書いて応募し、ランナーに選ばれた。「競技者でなくても五輪に関われる」と希望がかなった。
 公道での聖火リレーが行われれば、13日に洞爺湖町で走る予定だった。支えてくれた元チームメートや家族らに元気な姿を見せたいと考えていたが、コロナに阻まれ願いはかなわず、さらに感染防止のため参加人数が絞られ13日の式典で聖火を間近に見ることすらできなくなった。
 それでも松下さんは「こればっかりは仕方ない」と前向きだ。今の目標はフルマラソン完走。「これからもチャレンジし続けたい」と意気込んだ。