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【聖火リレー アラカルト】 長崎の被爆者、平和つなぎ 核禁条約発効に喜びと怒り

2021.5.14 13:00 共同通信
長崎新聞代表撮影、境佑介さん(右)に聖火を引き継ぎ、ポーズをとる宮田隆さん=7日午後、長崎県雲仙市
長崎新聞代表撮影、境佑介さん(右)に聖火を引き継ぎ、ポーズをとる宮田隆さん=7日午後、長崎県雲仙市
 長崎県雲仙市の被爆者で語り部の宮田隆さん(81)は、核兵器禁止条約が1月に発効した喜びと、条約に参加しない日本政府への怒りを胸に、地元で聖火ランナーを務めた。沿道に手を振り駆けた後、次走者で通信制高校副校長の境佑介さん(36)=長崎市=とトーチキス。「平和をつくるぞ」と声を掛け、「平和をつなぎます」と応じてもらった。
 5歳だった1945年8月9日、長崎市の爆心地から約2・4キロの自宅で母と共に被爆。2人に大きなけがはなかったが、人々が水を求めながら亡くなっていった光景が頭から離れない。
 定年退職後、語り部を始めた。「ノーモア・ヒバクシャ」。活動の支えは、反核平和運動をけん引した長崎の被爆者、故山口仙二さんが82年の第2回国連軍縮特別総会で発した魂の叫びだ。長崎原爆「ファットマン」の実物大模型(全長約3・3メートル)を持ち学校を訪問。核禁止条約発効を目指した「ヒバクシャ国際署名」では、地元責任者として島原半島で約4万3千筆を集めた。
 長崎原爆による死者は45年末までに推計約7万4千人。核禁止条約の前文には「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記され、犠牲者の無念も盛り込まれたと考える。
 64年の東京五輪で聖火ランナーだったいとこに勧められ「核なき世界の実現につなげたい」と参加を決意。トーチを掲げながら、条約発効の喜びと、原爆犠牲者への感謝をかみしめた。
 「次の世代に平和をつなげたことがうれしかった。若い人が世界中の人につないでいってほしい」。自身も唯一の戦争被爆国の日本が、核廃絶の先頭に立つよう訴え続けるつもりだ。