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中止は国際舞台での敗北  ギブアップ見たくない ライアン・シェイファー(ワシントンDC日米協会会長) リレー評論「解読オリンピック」

2021.8.6 11:00 共同通信
 
ライアン・シェイファーさん(本人提供)
ライアン・シェイファーさん(本人提供)

 

 1964年の東京五輪は、日本が世界の主要国の一員だということを示すことが全てだった。今回の五輪を通して日本は、衰えつつある「過去の強国」ではなく、人類の未来を決定づける最新技術などを持つ国の一つだということを示そうとしていた。悲劇は、その全てが新型コロナウイルスにより葬り去られてしまったということだ。

 無観客となり、国内外に日本の魅力を特徴付ける「おもてなし」をする機会は完全に失われた。非常に残念だ。国外の人々は「2020年東京五輪」の開催やメダリストのことは将来も覚えているだろうが、選手が隔離をしなければならなかったことや20年ではなく21年の開催だったことすら忘れてしまうと思う。

 ただ国内では状況は全く異なる。五輪開催が新型コロナの感染者増につながることは否定できない。経済的にも非常にマイナスだろう。しかし日本に中止という現実的な選択肢があったとは思えない。

 中止の決断は国際舞台における日本の敗北を意味した。国外の人々は健康問題や開催費用より、時間と情熱を投資して準備をし、次はないかもしれない自国の選手のことを心配している。

 日本がギブアップするのも見たくない。全ての難題を前に、安全な五輪を成功裏に開催してもらいたい。中止の判断をしていたら多くの人々を落胆させていただろう。

 五輪は常に開催国の好印象を残す。日本も間違いなく同様だ。しかし今回は「そのコストは?」という問題がある。開催費用や政治的、公衆衛生上のコストだ。恐らく、かなりの高額だ。五輪開催は日本にとって好ましい結果を得ることが不可能な状況だが、日本のせいではない。当然ながら新型コロナのせいだ。

 日本や東京の政治指導者は大きな中止圧力にさらされたが、個人的には少々不公平だと感じる。五輪中止は簡単にできることではない。つまり指導者たちは五輪に巨大な政治的、財政的な資産を投資したと言える。

 だから、その投資が洗い流されてしまうことを深く懸念している。東京と北京が近接した時期に五輪を開催することは不運だ。中国政府は6カ月後の北京冬季五輪を、日本が夏季五輪でなしえなかった方法で開催する機会を得たことに胸を膨らませているだろう。現実的には、東京五輪と同じ程度に新型コロナに苦しむことになるとは思う。

 東京五輪の直後に北京冬季五輪が開催されることで、東京での興奮や熱気、好ましい思い出がすぐに忘れ去られるなどの直接の影響が出るかどうかは、正直分からないが、多くの投資をした日本の指導者たちが気にしているのは間違いない。
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 RYAN SHAFFER 1978年10月2日、米首都ワシントン生まれ。米マンスフィールド財団勤務などを経て2019年2月から現職。