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「五輪時想」 アスリートに戻る夏

2021.8.5 12:00 共同通信
最終ラウンド、18番でバーディーパットを外した松山英樹(中央)。左はザンダー・シャウフェレ=霞ケ関CC
最終ラウンド、18番でバーディーパットを外した松山英樹(中央)。左はザンダー・シャウフェレ=霞ケ関CC
 テニスが五輪に正式復帰して間もない1990年代初頭だった。顔なじみのテニス専門記者から、こんな疑問を投げかけられた。「参加に価値があるのか」
 当時のトッププロは五輪に前向きな発言を続けていた。しかし真剣に取り組んでいなかったのは、グランドスラムと五輪金メダルを同時に達成した88年ソウル大会女子のシュテフィ・グラフ(当時西ドイツ)を除けば、世界のトップが敗れることの多かった歴史が物語っている。
 ようやく2008年の北京大会で、絶頂期にあったロジャー・フェデラー(スイス)が男子ダブルスの金メダルに涙を浮かべた頃からテニスのプロも五輪の重さを実感し始めたのではないか。
 ゴルフがリオデジャネイロ大会から五輪に戻り、プロツアーが中心の競技がそろった。ともにメジャー大会が最高の権威を持つ。トップ選手は、家を借りたり、車の送迎を受けたりと主催者から特別待遇を受ける。だが五輪は基本的には他競技と大差ない。雰囲気も違う。背負うのは国だ。特殊で特別な大会である。
 今大会、ゴルフは元世界ランク1位のアダム・スコット(オーストラリア)らの強豪が参加を見合わせた。五輪にメジャーと並ぶ価値を見いだせず、日本国内の新型コロナウイルス禍もあった。松山英樹もリオ大会は出場を断った。今回背を押したのは自国開催だからだろう。
 ゴルフもテニスもメジャーに勝てば、高いステータスに加え、巨額の賞金が入る。しかし、五輪に賞金はない。ツアーにはさまる日程もやっかいだ。加えて東京大会は無観客。「見せる」のもプロの大事な要素である。お金もお客もない大会に参加する意味…。
 松山の奮戦をテレビで見守った。真夏の霞ケ関CC。汗を拭きつつ懸命なプレーだった。その姿はアマチュア時代と変わることがない。五輪は4年に1度、プロが一アスリートに戻る夏。明確に言い切れないが、それが意義なのかもしれない。
 松山はしかし、短いパットを外し続け、最後にメダルを逃した。競技の核心を表す「パット・イズ・マネー」。誰かが小さく言った。(共同通信編集委員 小沢剛)