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「五輪時想」 内村に思う伝統継承

2021.8.4 12:00 共同通信
男子予選を終え記念撮影する(右から)内村航平、亀山耕平、谷川航、橋本大輝、北園丈琉、萱和磨=有明体操競技場
男子予選を終え記念撮影する(右から)内村航平、亀山耕平、谷川航、橋本大輝、北園丈琉、萱和磨=有明体操競技場
 ずっと内村航平のことを考えている。
 あの悪夢のような鉄棒からの落下で自身の東京2020大会を終えた。そのあと彼は「テレビで(その後の競技を)見ます」と言い残し、選手村を退村したと聞く。
 平均21・5歳、全員が初出場の4選手が団体総合銀メダルを獲得した。19歳の橋本大輝は勢いのまま個人総合の頂点に駆け上がった。テレビのインタビューに、彼らはそれぞれ競技場にはいない内村の教えを明かした。それを聞きながら、改めて存在の大きさを思う。
 偉大な先輩を後に続く者たちが、教えを身に染み込ませ、乗り越えていく。伝統の継承とはそうしたものに違いない。
 橋本の金メダルで体操界の獲得メダルは100個となった。日本の競技では首位を誇る。
 その「体操ニッポン」は戦後、竹本正男が開拓し、小野喬と育て上げた。竹本は技の取得のため、当時は珍しい8ミリフィルムカメラを競技会場に持ち込み、世界の技術を収集。小野とともに実戦で挑み続けた。1960年ローマ大会から続いた団体5連覇の礎である。
 そこから遠藤幸雄や加藤沢男が世界の頂点を極め、具志堅幸司から内村へ受け継がれた「美しい体操」は東京で見事、橋本たちに引き継がれた。
 「僕はもう主役じゃない。主役は彼ら…」
 あの日、内村は得心したようにそう語った。伝統の継承を確信したからこそ、「テレビで見る」道を選んだのだろう。
 この1年、鉄棒だけに照準を定めて己を律してきた。しかし両肩は悲鳴を上げて久しい。32歳、五輪後が気に掛かる。
 競泳平泳ぎで2大会連続2冠の北島康介はプロスイマーとなり、会社を創設。子どもたちを教える傍ら、国際水泳リーグで日本チームを率いる。柔道の金メダリスト井上康生は指導者の道を歩み、日本代表男子監督として今の「強い日本柔道」を創り上げた。
 近年の2人の名選手は、全盛期の余韻を残して現役を退いたわけではない。悩み、もがいた末の決断であった。
 内村もやがて自ら進退を語るだろう。今はまだ葛藤のただ中にある。彼の悩む姿もまた、背中を見てきた者にとって貴重な教えになろう。(尚美学園大教授 佐野慎輔)