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「ブラックサタデー」の男子100メートル 期待の山県亮太ら全員予選落ち

2021.8.1 17:00 共同通信
男子100㍍予選で敗退した(左から)山県亮太、多田修平、小池祐貴=国立競技場
男子100㍍予選で敗退した(左から)山県亮太、多田修平、小池祐貴=国立競技場
 期待された陸上男子100メートルで、山県亮太、多田修平、小池祐貴の3人がそろって予選落ちした。「ブラックサタデー」。まさにそんな気分だ。
 1組の多田が6着の10秒22とつまずき、3組の山県も4着の10秒15。残る4組の小池も4着の10秒22で、準決勝に進める各組3着までと残りの上位3人に入れなかった。三者三様だが、スタート前の過緊張した表情から嫌な予感が伝わってきた。地元開催で地の利を生かせるはずなのに、無観客のスタンドからの大きな声援もなく、「神風」は吹かなかった。
 ▽不発だったスタート
 特に山県は、6月に9秒95の日本新記録を出し、今季の記録では出場選手中、6番手で臨んでいた。1932年ロサンゼルス五輪で6位になった「暁の超特急」吉岡隆徳以来の決勝進出へ、千載一遇の好機とも思えただけに、89年ぶりの快挙どころか予選での失速にはため息がこぼれた人は多かったことだろう。予選に出場した61選手のうち、自己ベストが9秒台の選手は山県を含め25人いた。準決勝に進むのは24人で、予選から壁が分厚かったことは確かだった。
 それにしても不思議だったのは山県のスタートダッシュだ。山県は2年に一度の世界選手権は1度しか出場していない。それなのに4年に一度の五輪は3度目となる。その晴れ舞台で重圧を感じさせず、過去2度の五輪はさっそうと自己新記録を出し、五輪に愛された選手だった。その武器だったのが、吉岡の「ロケットスタート」に匹敵する神業のような鋭いスタートだった。ピストルへの反応時間は2016年リオデジャネイロ五輪では予選で0秒111、準決勝で0秒109と抜群だったのに、今回は0秒146もかかった。
 山県に尋ねたことがある。「なぜスタートがそんなに速いのか?」。答えは「ブロックを蹴って出る意識では遅い。ピストルが鳴った瞬間、目の前の1歩目にもう足が着く感覚を持ってやっている」だった。だが、筋力強化に取り組んで以降、山県が走りの変化を口にしたことがある。「以前はスタートで軽く出ても加速してスピードに乗れたが、筋力がつき、体重が増えてからはスタートでドンといかないとスピードに乗り切れずに終わってしまうことがある」
 この日は中盤以降に伸びを欠いて、順位を下げた。不発気味のスタートから慌てて加速したのが後半の失速につながったのかもしれない。山県が目指す、重心をやや前に倒した前傾姿勢のフォームではなく、終盤は重心が下がり、腰が少し引けた感じの走りに見えた。
 ▽世界から半世紀遅れ
 吉岡の快走は89年も昔のことだ。あまり知られていないが、吉岡はその3年後に10秒3の世界タイ記録を出し、翌年のベルリン五輪ではメダルを期待されたが2次予選で敗退した。40年東京五輪で雪辱を期すが、大会は戦争の影響で返上となった。
 山県の9秒95は、68年メキシコ五輪決勝でジム・ハインズ(米国)がマークした世界記録に並ぶもので、日本は半世紀以上遅れて世界にやっと追いついた。9秒台のスプリンターを4人抱えるまでに成長したとはいえ、9秒95は世界歴代82位でしかなかった。
 また、過去2度の五輪とは違う重荷も山県は背負っていた。日本選手団主将としての重責は、走ること以外の役割も加わり、明らかに心身共に余分な負担となる。日本の歴代主将は、96年アトランタ五輪の男子マラソン・谷口浩美以降、ことごとく力を発揮できずに苦杯のヤマを築いてきた。とりわけ前回リオ五輪では、4連覇が絶対視されたレスリング女子の吉田沙保里が決勝で敗れ、号泣したシーンは悲痛だった。累々たる勝てないジンクスに加え、今回は新型コロナウイルス禍も加わり、主将の人選は難航したと聞く。山県はそのことについて多くを語ろうとしないが、複雑な思いはあったはずだ。
 それでも、まだ山県には“悪夢”の連鎖を断ち切るチャンスは残されている。8月6日に行われる男子400メートルリレー決勝で雪辱に燃えた走りが期待される。64年東京五輪の開会式では原爆が投下された45年8月6日に広島県で生まれた坂井義則さんが、聖火台に火をともす最終聖火ランナーを務めた。同じ広島出身の山県も祖父が被爆し、自ら被爆3世を名乗る。金メダルを目指して、今度は特別な思いも込めて、きっと魂の走りを見せてくれることだろう。(共同通信・中西利夫)