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「五輪時想」 ヒヨコの野性を磨く

2021.8.3 12:00 共同通信
決勝前の練習で、平井伯昌監督(左)と話す大橋悠依=東京アクアティクスセンター(
決勝前の練習で、平井伯昌監督(左)と話す大橋悠依=東京アクアティクスセンター
 今大会の競泳は、メダル候補選手が決勝まで進めないことが目立つ。
 その様子を見ていると、2004年アテネ、08年北京の2大会連続で平泳ぎ100メートル、200メートルの2冠に輝いた北島康介の強さは別格だったと思い返した。比類のない強さに魅(ひ)かれて彼と彼の周辺を取材したノンフィクション「北島康介プロジェクト」を刊行した。
 北島を育てた平井伯昌コーチは選手の育成に定評のある人だが、最も難しいのはメンタル面の成長だと言った。
 「日本古来の例えば柔道、剣道など道の付くものは、心と体を一緒に考え二つを切り離せないとしていた。そこに西洋式トレーニングが入ってきて、心を鍛えなくちゃ、メンタルトレーニングだとなった」。そして別な機会にはこうも言った。
 「メンタルトレーニングはいい環境へ、いい環境へと導くようなもの。動く歩道に乗っけて、そのまま天国に行くようなものでしょ。だからそれと反対の事をしないと人間は強くならないと思い、北島には実践させた」
 北島が中学生になると、試合で負荷をかけ続けた。試合前に常識外れなほどの距離を泳がせて、試合に出した。戦略は一つ、“ハナからぶっとばせ!”だった。レース後の北島はプールから上がると、歩けずに吐くほどだったという。
 それでも平井コーチは鍛え続けた。
 「ヒヨコだって、ノラ猫に狙われて心臓をバクバク言わせながら何かを学ぶんだ。コーチのロボットにしては駄目だ。コーチが右だと言うと、何も考えずに右だというような選手では世界へは行けない」
 磨いたのは苦難の中で考える能力と、本来その人のもつ野性だった。
 今大会、不調の競泳陣の中で、個人メドレーで2冠に輝いた大橋悠依も平井の門下生だ。彼女は平井コーチについてこう言った。「自分で考える能力を育ててもらいました」
 今回彼女は、自身の野性を大きく開花させた。大橋の言葉に平井コーチのヒヨコの野性話を思い出した。勝負事は常にナマモノだ。自己記録は過去の勲章にすぎない。
 机上の計算を傍らに置き、改めて人の才能について想(おも)った。(ノンフィクション作家 長田渚左)