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てくてくjapan

2007年09月28日

名犬チロリが銅像に

おすすめ度:★★★★★

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「チロリ」の銅像
チロリとピース


 日本のセラピードッグ(治療犬)の先駆けとして活躍、名犬として親しまれた「チロリ」の銅像が、東京都中央区の築地川銀座公園に建てられた。

 雑種犬チロリは昨年3月に約15年の生涯を閉じるまで、ブルース歌手の大木トオルさんらと、中央区をはじめ各地の老人福祉施設などを訪問。車いすと歩くことや、添い寝などの動物介在療法を担った。大木さんら有志が像の制作費を負担、同区が公園敷地を提供した。


 大木さんは1992年、千葉県松戸市で捨てられた5匹の子犬と母犬を発見。母犬がチロリだった。子犬は他に引き取られ、チロリは大木さんの元にきた。セラピードッグとしての才能があり、チロリは半年という異例の短期特訓でデビューを果たした。

 銅像は、大木さんがチロリと出会ったときの光景だ。「処分寸前だったチロリのような捨て犬が増えないように」と大木さん。人を助けたチロリが「天国で幸せになってほしい」という願いも込めている。

 チロリの物語は、大木さんの著書「名犬チロリ」や、映画「犬と歩けば チロリとタムラ」などで知ることができる。





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2007年09月25日

赤坂 江戸の粋と格式

おすすめ度:★★★★

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急勾配の三分坂
突き当たりがTBS


 その名を聞けば、浮かぶのは夜のイメージ。赤坂には料亭、クラブと、いちげんさんには敷居の高い構えが集まる。戦後の日本を沸かせたプロレスラーの力道山が刺された店も、かつてあった。

 ▽昼と夜の顔
 「歴史は夜作られる」。古い映画の題名が似合いそうな奥行きがあるのだが、昼は昼で、人を引きつける幾つもの表情を持つ。勝海舟ゆかりの氷川坂(ひかわざか)や、薬研坂(やげんざか)、転坂(ころびざか)…。名の付いた坂道が面白いようにつながって、アップダウンの激しさも気にならない。

 都内でも指折りの急な坂「三分坂(さんぷんざか)」には、江戸の珍しい遺構・築地塀(ついじべい)。黒と白のしま模様が、粋を伝える。外堀通りに出ると、日枝神社の鳥居が穏やかに見下ろしてきた。


 神社は国会議事堂、首相官邸にほど近い高台にあり、空が開けて心地よい。周辺の高層ビルから、背広を脱いだ人たちがひと休みにやって来る。「山王(さんのう)さん」の呼び名で親しまれ、江戸城の鎮守という格式。

 長い参道の階段脇には上りエスカレーターが併設され、つい足が向く。振り返って鳥居や、赤坂の街を眺められる楽々コース。それだけでありがたく、おさい銭をケチってはなるまい。

 ▽ほっとスポット
 勢いで、今度は豊川稲荷東京別院へ。名奉行の大岡越前守が信奉したという。ここも都心のひと息入れる場所。奉納されたキツネの石像がずらりと並び、目が合うと語りかけてくるようだ。

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 TBSも近く、芸能人のお参りをよく見かけると、土産物店の女性は話す。塀の上では、女優の森光子さんや、ジャニーズのアイドルの名を記した赤いちょうちんが揺れていた。



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2007年09月24日

世田谷 仕事は面白い!デショ

おすすめ度:★★★★★

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「愛の職業奉仕」の一場面


 結婚式場から葬祭場まで、地域のさまざまな職業を紹介したロータリークラブのDVDが学校などで好評だ。クラブ会員の職場を訪問し、仕事の内容、逸話、やりがいなどについて尋ねるという内容。

 このDVD「愛の職業奉仕」を企画・制作したのは東京世田谷中央ロータリークラブ。歯科、医薬品販売、印刷業など二十八の職業を紹介する映像が収録された。長さ約一時間。シナリオ作りなどは会員が担当、撮影やナレーションなどはプロに依頼し、一年半かけて完成させた。

 つえが魔法のように動いてガイド役を務めたかと思えば、犬のフィギュアがコントを演じたりと、笑える演出も特徴の一つだが、メッセージはいたってまじめ。

 葬祭業は「死というゴールの瞬間を、尊厳を持って見守る」仕事の意義を強調。美術販売業は「人々が心穏やかに過ごせる空間作りをお手伝いできる」とし、結婚式場は、祝い事を通じて地元に貢献する喜びを説く。

 「ニートやフリーターが増えている今、仕事をする意義、楽しさを分かりやすく教える道具として役立つはず」と関係者は話している。

 



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2007年09月21日

板橋 元気おとせん!体操

おすすめ度:★★★★★

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体も心も元気で


 介護予防のため、東京都板橋区が考案し銭湯で実施している「元気おとせん!体操」が好評だ。昨年7月に区内15カ所でスタートしたが、参加者からの人気が高く、今夏は区内全域の50カ所へと一気に拡大した。

 構成したのは、板橋区おとしより保健福祉センターの理学療法士ら職員で、音楽も自分たちで作り上げた。「体と心の元気を落とさない」ようにと命名。参加者は銭湯の脱衣場やロビーで映像を見ながら、ボランティアの介護予防リーダーらとともに体操をする。65歳以上の区民を対象に、定員は毎回15人だ。

 「呼吸を助ける」脇腹伸ばしや、「階段の昇降が楽になる」ひざの屈伸など、一つ一つの動きについて効用を明示。約20分と長めだが、ゆっくりとしたテンポで、座ったままでもできる。

 終了後、銭湯の無料入浴がサービスされるのもポイント。「わたしの町でも開催を」という要望が拡大につながったが、銭湯側も誘致に積極的だったという。

 板橋区は体操ビデオ、DVDを各300円で販売。同区ホームページで動画も視聴可能。http://www.city.itabashi.tokyo.jp/



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2007年09月18日

恵比寿 ビールから大発展

おすすめ度:★★★

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恵比寿ガーデンプレイス
犬と歩けば


 「エビス」。商売繁盛の神様。それを名乗ることで、恵比寿という街は幸運を呼び込んだのかもしれない。

 ▽坂の上の富士山
 江戸時代は農村で、将軍が鷹狩りにやって来るところ。坂の上から富士山がきれいに見えたという。古典落語「目黒のさんま」は、ある殿様が海から離れたこの辺りでサンマを食べ、おいしかったと記憶に刷り込んだことから、チグハグな笑いが 展開する。

 麦酒記念館の資料によると、三田村といわれた一帯に恵比寿という町名が付いたのは一九二八(昭和三)年。一方、ビール工場が完成したのは、明治の中ごろ。つまりはビールのブランド名が浸透し、やがて町や駅の名前になった。

 今では、若者の姿が絶えない人気エリア。ファッション、グルメ、アートと守備範囲が広いのも強みだ。中心は、ビール工場跡に出現した恵比寿ガーデンプレイス。九四年に開業した。その後誕生した六本木ヒルズなど地域再開発の先輩格で、ベンチでくつろぐ人、犬連れで散歩する人が「わが町」にしている感がある。

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 ▽飲まずにいられるか
 JRの線路をまたぐ恵比寿南橋は、別名「アメリカ橋」という。二十世紀初め、米国セントルイス万博に出展された橋を旧国鉄が買い取って架橋したのが由来だが、現在は二代目。たもとのさびた鉄製プレートと、照明デザイナー石井幹子さんがデザインした街路灯が、初代をしのばせる。

 ここに来てビールを飲まない手はない。麦酒記念館のテイスティング・ラウンジでは、グラス一杯が二百―二百五十円。ただし、人は同じことを考えるらしい。日の高いうちから、ほぼ満席だった。



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2007年09月17日

姫路・たつの 007寅さんサムライ

おすすめ度:★★★★★

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名城中の名城
姫路城の「はの門」


 白い土壁の塀に沿って石畳の坂を登ると、世界文化遺産・姫路城の天守閣。途中、何度も仰ぎ見たが、どの角度から見てもサマになる。

 ▽主役は天守閣
 白鷺に例えられる華麗な天守閣は多くの映画人を魅了。ショーン・コネリーがヘリで三の丸広場に降り立つ場面がある「007は二度死ぬ」(一九六七年)など、数々のロケが行われている。

 道は曲がりくねり、こうべを垂れて狭い門をくぐる。まさに要塞。「はの門」は、黒沢明監督の「影武者」(八〇年)に登場。「あの、のぞき穴って、これ?」。徳川方の足軽が信玄を狙撃する時に銃を固定した狭間(さま)と呼ばれる穴に、思いっきり顔を突っ込む見学客も。

 次に向かったのは童謡「赤とんぼ」の作詞者、三木露風を生んだ龍野(たつの市)。「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」(七六年)で舞台に。揖保川沿いのギャラリー喫茶「ガレリア アーツ&ティー」の二階窓から旧城下町や鶏籠山(けいろうざん)が一望できる。昭和初期に建てられた銀行の雰囲気を残した店内は、二階テラスから一階まで吹き抜けで、ノスタルジック。

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 経営者の女性は高校三年の時にロケに遭遇した。「同級生の男の子がエキストラとして参加し、龍野橋の上を自転車で走った。町並みはそのころのまま」

 しょうゆ蔵や武家屋敷が残る「播磨の小京都」。映画で寅さんが宿泊した梅玉(うめたま)旅館は実際、山田組が滞在した。地元特産そうめんの料理が自慢。「寅さん、お土産」と、前の通りをヒロイン役の太地喜和子が今にも駆けてきそうだ。
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 夕方五時。市街を取り巻く山上のスピーカーから「赤とんぼ」の穏やかな調べが流れると、白いヘルメット姿で自転車に乗った子どもらが条件反射を起こしたように走り抜けていった。ふと懐かしさが込み上げた。

 ▽トム来る~ず
 ハリウッド映画「ラスト・サムライ」(二〇〇三年)のロケ地になった天台宗の名刹(めいさつ)、円教寺(姫路市)にも足を運んだ。ロープウエーで書写山の山上へ。京都の清水寺に似た摩尼殿(まにでん)にお参りし、さらに奥に進む。コの字形に配置された三つの堂が荘厳なたたずまいで現れる。

 その一つの食堂では、渡辺謙演じる勝元が写経する場面が撮影された。拝観料を払う時、手づくりのロケ地マップが目に入った。写経していた辺りに座ると静けさが心地よい。

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 清掃中の人が「人工雪を降らせたり、桜の造花を持ち込んだりとハリウッドは派手だったねえ」と話し掛けてきた。ロケ中はトム・クルーズの休憩所だった「はづき茶屋西店」のぜんざいの甘さが疲れを癒やしてくれた。



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駒形 世界のカバン館 

おすすめ度:★★★★★

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昔懐かしいバッグ


 大手かばんメーカー「エース」の創業者、新川柳作さんが世界中から集めた個性的なバッグ、スーツケースなど200点以上を展示している。

 ▽有名人が愛用
 入り口近くには、大人の体でも入るような大型トランクが並ぶ。欧州製品を中心に集めた第一室の目玉は、白黒しま模様のしまうま革のボストンバッグ。わに革のバイオリンケースは、今にも動きだしそう。

 第二室は日本人とかばんの関係を特集する。長嶋茂雄さんがすり切れるまで使ったバッグ、アントニオ猪木さんのプロレス修行時代の愛用品などはファン垂ぜんの的。西園寺公望が国際会議の際に持っていったという、かなり使い込んだ船旅用トランクは、立憲主義のために力を尽くした政治家の人となりを今に伝えている。

 ▽大流行
 1968年に発売され大流行したスポーツバッグがあった。ナイロン製バッグを世界で最初に製造、販売したのが同社だという。

 「おかげでデザインの幅が広がり、バッグ文化が非常に多彩になりました」とマーケティング部。展示されているような魅力的なかばんを手にすると、旅心をかき立てられる。



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2007年09月10日

浅草六区 帰ってきた若者たち

おすすめ度:★★★★★

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「よっ、おかえり!」
寅さんが迎える六区通り


 映画館や劇場があるのに寒々しい街。それが浅草六区だった。明治から昭和の半ばまで大衆芸能の一大拠点だったが、娯楽の王様の座をテレビに奪われてからは寂れる一方だったのだ。

 ▽異様なおかしさ
 久しぶりに伝法院通りを六区に向かって歩くと、人通りが多い。江戸情緒あふれる屋号、看板、シャッターなどに模様替えして、小ぎれいになっている。田谷力三、エノケン、ロッパ、デン助…浅草ゆかりの芸能人たちの大きな写真が掲げられた街灯が並ぶ。ピンとこない世代に向けて、親切な経歴も添えてある。

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 渥美清の写真に到達すると、目の前は六区の中心、浅草演芸ホール。ここには伝説のストリップ劇場フランス座があった。「鬼気迫る異様なおかしさを持ってた」と渥美が語るコメディアンたちが、幕あいに壮絶な芸の闘いをしたという。萩本欽一もビートたけしもここで芸を磨いた。

 演芸ホールの昼席に入る。周りを見渡すと平均年齢七十五歳ほど。客層は以前と変わっていないようなのに、笑い声のトーンが高い。気が付けば最前列は若い女性が占拠、あちこちにカップルがいるではないか。
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 ▽レトロが新鮮
 大いに笑ってから、近くの飲み屋街へ。道路にもテーブルといすが並び、赤いちょうちんがにぎやかな大衆酒場。競馬新聞を片手の人たちにまざって、ここにも若者の姿が。遊園地「花やしき」のコースターからは、女性の絶叫が聞こえてくる。二〇〇五年につくばエクスプレスが開通して、観光客が増えたという。

 近辺には洋食や天ぷらの老舗や露店もある。時代が回って、若い世代にはレトロな六区が新鮮に映っているようだ。
 × × × × × × × × ×
 浅草演芸ホール売店にある「笑点手ぬぐい」は630円、かわいい法被型に折られている。大喜利メンバーがそろった「笑点根付け」は420円。浅草は1年中、お祭り気分。



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2007年09月08日

小金井 江戸東京たてもの園

おすすめ度:★★★★★

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7万平方㍍の敷地


 東京の郊外、小金井公園の一角に、江戸時代の民家や昭和初期の銭湯など二十七棟が立ち並ぶ。敷地面積は約七万平方メートルと広めだが、一時間ほどで一巡できるこぢんまりとした配置が受けている。

 ▽懐かしく、おしゃれ 
 玄関口があるビジターセンターは一九四〇年、皇居前広場で行われた「紀元二六〇〇年記念式典」の式殿だとか。歴史の遺物に感慨を深くしながら入園すると、昔懐かしい家並みが広がっている。

 大きな窓が特徴の小出邸、「田園調布の家」と呼ばれるクリーム色の大川邸、切り妻屋根の前川邸とも和洋折衷のデザイン。おしゃれな外観の常盤台写真場には、家族を写したモノクロ写真が飾られていた。

 ▽2・26の現場
 昭和恐慌の際に蔵相として尽力した高橋是清の堂々とした私邸は見どころの一つ。二・二六事件で殺された際の現場も移築されているというから、歴史資料としての価値も大きい。

 戦前の商家や居酒屋などが軒を連ねる区域を歩いていたら、広場で子どもたちが竹馬やフラフープに興じる声が聞こえてきた。土の上に並んだ大きな円管の中では、家の中にいるようにリラックスして寝転がる子も。建物の一種として土管を見せるとは、なかなか気が利いている。



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2007年09月03日

早稲田 都の西北は?

おすすめ度:★★★★

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優勝直後の早大付近
王子さまさま


 「動」と「静」。早稲田には対照的な二つの表情がある。動は、大学周辺のにぎわいに象徴される。講義が終わると、駅に向かって生まれる人の流れ。だが脇にそれる波もある。飲食店、ビリヤード、古本屋、コンビニ…。屈託のなさが、うらやましい。

 ▽漱石先生
 キャンパスに隣接する大隈(おおくま)庭園では、芝生に学生が輪になって座ったり、寝転んだり。野球部で活躍するハンカチ王子の大学を見ておこうということなのか、中年女性グループがくまなく歩き回る光景に出くわした。これはこれで、屈託がないのだが。

 一方、静の代表格は住宅地の一角にある「漱石公園」。うっそうとした緑が日影をつくり、自転車を止めたおじさん、携帯電話を操るサラリーマンがベンチでくつろぐ。夏目漱石(一八六七―一九一六年)が亡くなった漱石山房の跡地だ。

 晩年を過ごし「三四郎」「それから」「門」などを書いたという。ダンディーな銅像の裏に「猫塚」と呼ばれる石塔が立つ。「吾輩は猫である」の猫の墓ではなく、夏目家で飼っていた犬や猫、小鳥の供養塔と記した案内板があるのだが、読まない方がロマンが膨らんだ。

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 ▽それでもコイは恋
 あの「神田川」も近い。昔は暴れ川で知られ、十メートルほどの高さの護岸がある。川幅は二十メートルぐらい。水は思いのほか澄んで、大きなニシキゴイも発見。歌のイメージとの違いに戸惑うが、遊歩道を行くと、つい口をついて出る。

 「あなたはもう忘れたかしら」という問い掛けに、「忘れようとしても思い出せないのだ」と天才バカボンのパパのようにおどけてしまう。青春との距離を実感した。



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