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てくてくjapan

2007年08月27日

谷中 夕焼けだんだん 

おすすめ度:★★★★★

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夕焼けだんだん
谷中銀座から上ります

 著名人の墓巡りを趣味にする人が、結構いるらしい。ガイド本が出版され、ネットをのぞくと、関連のサイトやブログもいっぱい。愛好家を指す「お墓マイラー」なる造語もあるという。

 広さ約十万平方メートルの谷中(やなか)霊園は墓巡りに格好の地だ。徳川将軍や政財界人、画家、作家らが眠る場所を一目見てみようと、にわかマイラーになって霊園を訪れた。

 ▽五重塔
 ひときわ目立つのが、塀に囲まれた十五代将軍徳川慶喜の大きな墓所。案内図を手にたどり着くと、カメラを持った初老の夫婦が塀の中をのぞき、手を合わせていた。続いて、横山大観、渋沢栄一、牧野富太郎らの墓を見て回る。大きさ、形はさまざまで墓にも個性が出るものだと感心した。

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 長谷川一夫の墓近くに公園があり、建物の礎石が残っていた。五重塔の跡地だ。幸田露伴は「五重塔」で、その威容を「聳(そび)えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨(にら)んで…」と描写している。江戸時代の建立で総ケヤキ造り、高さ三十四メートル。この谷中のシンボルは一九五七年七月、放火心中事件で惜しくも焼失してしまった。

 ▽猫の町
 谷中は「猫町」としても知られる。霊園のある高台から地元商店街「谷中銀座」へと下る階段「夕焼けだんだん」に行くと、猫が集まっていた。野良だが、住民が餌をあげるせいか人慣れしている。猫たちもここから、評判の美しい夕焼けを眺めるのだろうか。

 猫グッズ販売の「ねんねこ家」には、町の猫分布図がある。霊園や寺社、朝倉彫塑館、大名時計博物館などを巡りながら、マップを手に、かわいい猫の姿を見つけるのも谷中散歩の楽しみのひとつだ。



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2007年08月24日

北海道・小樽夕張 大スターの夢の跡

おすすめ度:★★★★★

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小樽駅4番ホーム
しのびあう恋を♪


 「夜霧よ~」。ホームに降り立つと甘い歌声が流れてくる。JR小樽駅には、幼少期を小樽の街で過ごした石原裕次郎にちなむ「裕次郎ホーム」があり、等身大のパネルもある。〝銀幕が似合う街〟の玄関口らしい。

 ▽カモメが舞う 
 駅に近い船見坂を、海から吹き上げる風を感じながら上ってゆく。振り返ると家並み越しに港が見渡せる。折り返し港へと下ると、街の真ん中を赤さびたレールが横切る。内陸部で掘られた石炭を港から運び出すために敷かれた北海道初の鉄道、旧国鉄「手宮線」廃線跡だ。線路沿いには散策路も整備され、古い家並みが続く。観光地とは違う顔をかいま見た気がした。

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 石造りの洋風建築、旧日本郵船小樽支店は内観も明治時代のまま再現。岩井俊二監督「Love Letter」(九五年)でヒロイン役の中山美穂が働く図書館になった。映画は韓国、台湾でもヒット。「韓国から多くの人が来てくれました」と受付の男性が話す。

 運河周辺には、れんがや石造りの倉庫を利用した店が多く郷愁を誘う。周辺を舞台に、現在と過去、現実と虚構が混じり合う作品が多く撮られているのもうなずける。
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 倉本聡脚本「駅 STATION」(八一年)で、高倉健といしだあゆみの別れの場面が撮られた銭函駅に足を伸ばす。駅前はロータリーに変身。すぐ目の前が海で、カモメが影を落として悠然と舞う。

 ▽今は幸せかい
 健さんと言えば「幸福の黄色いハンカチ」(七七年)。夕張には、炭鉱住宅が撮影時の雰囲気のまま公開され、今も風にはためくハンカチが待ち構える。室内には健さん、倍賞千恵子とおぼしき、ろう人形が! 似ているか似ていないかはご自身で確かめてください。でも幸せそうで、それだけでうれしい。

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 「炭都」と呼ばれ、最盛期には十二万人近くいたという夕張の凋落ぶりは寂しい。映画館も最大で十七館あったという。炭鉱住宅がひしめくように並んでいたという街の記憶をたどり、山あいの鹿島地区を目指した。吉永小百合主演「北の零年」(〇五年)のセットが組まれた現場。この地を愛する映画人は多い。何とか元気が戻ってきてほしい。 



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2007年08月22日

代理ペットが人気です

おすすめ度:★★★★

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「夢ねこスマイル」
at東京おもちゃショー


 表情がリアル、しぐさもかわいい―動物を飼いたくても飼えない人のためのおもちゃ“代理ペット”が人気を集め、夏から秋にかけて新商品が登場する。

 今夏の「東京おもちゃショー2007」では、既に固定ファンのいる「夢ねこスマイル」シリーズに新顔として、アメリカンショートヘア(8379円、8月30日発売)が加わることが発表された。

 頭などにセンサーを内蔵し、なでるとうれしそうに鳴き声を出す。見物客は思わず足を止め、顔をほころばせた。

 新たに鳥類で誕生したのが「夢おうむ」(1万3440円、11月1日発売)。羽根に質感があり、色彩も鮮やか。くちばしが動き、まばたきをするほか、決められた11種類の言葉に応答する。新たに6種類の音声認識を登録させることも可能で、飼い主とだけの会話も成り立つ。

 発売元のセガトイズは、女の子から大人の女性までをメーンターゲットに想定。「心が通う存在になります」と、本物並みの存在感をアピールしている。



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2007年08月20日

椎名町 トキワ荘跡/夢の轍

おすすめ度:★★★★

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池袋の古アパート
トキワ荘もこうだった?


 今は跡形もないけれど、ここには夢があり情熱があった―。手塚治虫さん、石ノ森章太郎さん、赤塚不二夫さんらが一時暮らし、漫画の“聖地”とされるアパート「トキワ荘」。池袋から電車で一駅の椎名町(豊島区)に、一九五二(昭和二十七)年から三十年間存在していた。巨匠たちの若き日々はどんなものだったのか。

 ▽ラーメン35円
 とはいえ、跡地に建っているのは漫画とは縁のない出版社。案内板は見当たらず、当時のたたずまいを確認する手だてもない。思案をするうち、漫画を正面に張り出した中華料理店を、ほど近い商店街で見つけた。のれんに「松葉」とある。

 漫画は、トキワ荘組の藤子不二雄(○の中にA ) さんの「まんが道」などのコピーで、描かれているのはラーメンを食べる光景。昭和二十年代後半から三十年代初めにかけ、寝食を忘れて漫画に打ち込んだ若者たちの好物が、この店のラーメンだったのだ。当時、一杯三十五円。

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 松葉の店主には、幼いころ出前にくっついてトキワ荘へ行った記憶があるそうだ。木造アパートの二階、絵の道具が四畳半いっぱいに広がっていたが、誰が誰だか見分けはつかなかった。「色紙をもらっておけばよかったなあ」と店主は残念がる。トキワ荘が消滅したのを承知の上で、ファンが今も時折訪れるという。

 ▽不思議な磁力
 周辺は昭和初期、芸術家が多数アトリエを構え「池袋モンパルナス」と呼ばれた。亡くなるまでこの地で暮らした洋画家熊谷守一(一八八〇―一九七七年)の美術館も、住宅街で異彩を放つ。来る者を拒まない温かみ、気取らないおしゃれ。不思議な磁力を持った一帯だ。



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2007年08月17日

品川 高村看板ミュージアム  江戸の洒落

おすすめ度:★★★★★

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高村看板ミュージアム
江戸、明治のユニーク看板


 品川宿として栄えた旧東海道沿いに、昭和をほうふつとさせる懐かしいデザインの「NEON」の屋上看板。この「昭和ネオン」の本社ビル内に昔の看板を紹介する展示場としてオープンした。


 入り口で〝看板娘〟のように入場者を迎えるのは、喫煙具店の木製看板。長さ約1・5メートルの長方形の板から、大きなキセルが浮き出ている。


 近くの棚には、鬼をかたどった看板が2枚。腹には金字で「はらいたのくすり」と書いてある。鬼が顔をゆがめているのは腹痛のせいだと分かれば、自然と笑みがこぼれる。ほかに巨大な眼鏡形、傘形、筆形、おかめの顔をした、げた形などが個性を競う。

 展示品は江戸、明治時代を中心に約180点。「父で前会長の高村五郎(たかむら・ごろう)が昭和50年代から集めたコレクションなんです」と高村徹社長は話す。前会長は2003年に他界。「生前の父の悲願だったミュージアム開設ができてよかった」

 江戸期の面白い丸い看板がある。かまと輪と「ぬ」の文字をあしらって「かまわぬ」と読ませる。開店中を意味するともされるが、いかにも江戸っ子のしゃれ心が生きている。いい看板は、庶民と楽しく会話するもののようだ。





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2007年08月13日

両国 未来の横綱を探せ

おすすめ度:★★★★★

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国技館前。
あしたは白星?黒星?


 武蔵と下総の二つの国を結んだから両国。江戸時代、娯楽の町として栄えたが、今は相撲の本拠地として全国的に有名だ。

 両国の朝は早い。家々に朝刊が届けられるころ、相撲部屋からは「しっかりしこを踏め!」と大きな掛け声が。春日野部屋は、元関脇栃乃和歌が親方。若い幕下力士たちの汗だくの真剣なけいこぶりに、見学者たちの気持ちも引き締まる。未来の横綱がここにいるかもしれない。

 ▽びん付け
 JR両国駅かいわいに名門の相撲部屋が集まっている。立浪、出羽海、二所ノ関、時津風…。午前中は、出げいこの力士と頻繁にすれ違う。びん付け油の甘い香りが、朝の空気と混じり合った。

 相撲とのかかわりは十八世紀の勧進相撲にさかのぼる。会場となったのが回向院の境内。一九〇九年にはここに国技館が建てられ、双葉山の名取り組みも生まれたが八三年、老朽化で解体。跡地には料理店や劇場などの複合ビルがそびえる。

 ▽猫塚
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 相撲との縁を今に伝えるのが、力士慰霊の石碑「力塚」。さらに奥に進み、江戸後期の戯作(げさく)者山東京伝、義太夫節開祖の初代竹本義太夫らの墓をお参りしていたら、鼠小僧の墓を発見した。ほほ笑ましいのは隣に小さな猫塚があること。 落語「猫定」で知られる忠義な黒猫が弔われているとか。

 緑の屋根が目印の巨大な和風建築、両国国技館で本場所が開かれるのは一月、五月、九月。併設の相撲博物館は入場無料。お年寄りや外国人らで盛況だ。この町はいつも相撲好きの好奇心を満足させてくれる。



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2007年08月11日

800字怪談が人気

おすすめ度:★★★★★

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創作短編怪談 ファンの集い


 怖い幽霊ばなしは夏の定番。読めば2分ほどの短編で、しかもインターネットを表現の場にした創作短編怪談が、東京から広がりを見せている。

 「CDを聴いていたら、突然、『熱いッ』という子供の声が聞こえて…」。これはわずか200字あまりの怪談「火傷」の一節。ネット書店のビーケーワンが、2003年から募集している文学賞「ビーケーワン怪談大賞」の応募作品だ。

 字数は800字までの制限があり、「短歌や俳句の投稿のような気軽さが受けているのでは」と関係者。怪談専門誌の編集長、東雅夫さんらが携わる同文学賞ホームページにはこれまでに、全国各地から500作品以上が寄せられている。その傑作選「てのひら怪談」(ポプラ社刊)も書店などでベストセラーになった。

 東京・西荻窪で6月に開かれたファンの集いには、直木賞作家の京極夏彦さんらも参加。熱気にあふれた会場では「怪談という表現の可能性が広がった」「素人ながら自分も書いてみたい」などの声が上がった。
 ビーケーワン怪談大賞のホームページはhttp://blog.bk1.co.jp/kaidan/



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2007年08月10日

小金井 繊維博物館

おすすめ度:★★★★★

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繊維博物館
豊田式G型自動織機


 JR東小金井駅から歩いて約10分。木々に覆われた東京農工大構内の建物で、日本の繊維の歴史を紹介している。

 蚕糸業育成に力を入れた明治政府は、当時の農商務省蚕業試験場に参考品陳列場を設置し、養蚕関係の資料を集めた。それら収蔵品を引き継ぐ形で誕生したのが東京農工大だ。

 長い歴史を誇る専門博物館とあって、ここだけにしかない貴重な展示品が少なくない。明治初期の生糸のサンプル、皇居・御養蚕所の資料…。19世紀末に、フランス人が発明した世界初の化学繊維シャルドンネ人絹。その琥珀色の光沢を間近で目にすることもできる。

 ずらりと並ぶ年代物の紡績機、織り機などはほとんどが現役。ここを拠点にした一般市民のサークル活動が盛んで、連日機織りや組みひもに取り組む女性たちの楽しげな声が響く。

 教科書でもおなじみの、豊田佐吉が発明した「G型自動織機」が1階にあり、今でも動かすことができるという。これも元技術者らのボランティア活動のたまもの。ここでは資料が死んだように展示されるのでなく、人々によって使われ、生かされている。



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2007年08月09日

「らくご☆まがじん」 女子大生らの無料誌

おすすめ度:★★★★★

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「らくご☆まがじん」編集部
エンピツむすめ


 落語をもっと身近に楽しんでもらおうと、東京の女子大生らがメンバーの編集サークルが、専門のフリーペーパー「らくご☆まがじん」を四月に創刊。七月に第二号も出た。

 年四回のペースで発行。首都圏を中心に約六十の大学と、その周辺のコンビニや書店で入手可能で、落語ブームの追い風の役割も果たしている。

 編集サークルは、東京都千代田区のビルの一室で活動する「エンピツむすめ」。女性九人のうち、七人が東京女子大や立教大などの学生。東京には落語を年中楽しめる定席が浅草、上野、新宿、池袋の四カ所にあり、取材対象に事欠かない。

 創刊号の表紙は、人気落語家の春風亭昇太さんが飾り、巻頭インタビューにも登場。落語協会と落語芸術協会の協賛も得ている。二号は浴衣で浅草めぐりといった企画のほか、落語界のエース、春風亭小朝さんのインタビューもあり、内容はさらに充実した。

 若手が技を磨く深夜寄席を初体験した取材メンバーの一人(20)は「難しいのではと思っていましたが、楽しめました。テレビで味わえない臨場感があります」。ほとんどの取材者が落語は初めてで、新鮮な切り口も魅力の一つだ。

 編集長の小松亜子さん(29)は「落語は古くさい、堅苦しいと思っている大学生はまだまだ多い。面白さを素人感覚で伝え、遊びの選択肢の一つとして定着させたい」と狙いを話す。



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2007年08月06日

蒲田 キネマの天地♪

おすすめ度:★★★

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夜の観覧車
おもろうてやがて哀しき


 夕暮れどきの観覧車。カラフルなゴンドラがゆっくりと描く輪は、ひとときハリウッドのごとく輝いた蒲田の地で眺めると、夢の航跡のように思えてくる。二百円で、一周三分半。かつてデパートの屋上でよく見かけた存在だが、都内の屋上で残るのはJR蒲田駅隣接のビルだけになった。

 ▽娯楽の王様
 「虹の都 光の港 キネマの天地…」と「蒲田行進曲」で軽やかに歌われたのは、松竹キネマ蒲田撮影所だった。同駅の東側一帯が跡地に当たる。一九二〇年から約十七年間で、千二百本余りの映画を量産した。

 一年に七十本を超えるペース。娯楽の主役の座は揺るぎなく、俳優たちも近くに住んだことから「流行は蒲田から」と言われた。監督では小津安二郎、成瀬巳喜男、女優では田中絹代らの名が浮かぶ。

 だが栄華が去るときは、あっけない。サイレントからトーキーへと映画製作は進化し、町工場が集まる蒲田は騒音が多いことが支障となった。三六年、松竹は大船(神奈川県鎌倉市)に撮影所を移転してしまう。
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 ▽街はざわめく
 跡地で往時をしのばせるのは、映画「キネマの天地」のセットを移築した「松竹橋」ぐらい。撮影所正門前にかかっていたという。通り過ぎるのは一瞬だが、それなりの感慨が生まれる。

 一方、撮影所を追い立てた街のざわめきは健在。飲み屋が看板を競い、商店街は派手な陳列で気を引く。観覧車も夜空に電飾キラキラと、怠りなく自己主張を続けていた。

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 【おみやげ】京急蒲田駅北の「てん屋」のもなかセット(6個、500円)と、水ようかん(500円)。もなかは皮にあんを自分ではさみ、パリパリ感を味わえる。ところてんやあんみつはネット販売も。http://tenya.com



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2007年08月03日

佐原銚子 吹けよ風 呼べよ嵐

おすすめ度:★★★★

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レトロな走り。銚子電鉄


 太平洋と利根川が出合う、地図上の「とんがり」部分に千葉県銚子市は位置している。東京から二時間弱の電車の旅。不意打ちするように、ダイナミックな光景が出現した。

 ▽ザッバーン
 岩にぶつかる荒波―東映映画の冒頭シーンは、かつて犬吠埼灯台近くで撮影されたという。古くからロケ地として親しまれた町の存在を、決定的にしたのはNHK連続テレビ小説「澪つくし」(一九八五年四月から半年放送)だ。
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 しょうゆ醸造元の娘を演じた沢口靖子が国民的アイドルに駆け上がり、脇役として奮闘したのが全長六・四キロの銚子電鉄。昭和初期という設定に、ガダゴト走る車両、木造の駅舎がぴたりとはまった。開業から八十年余り、今も観光客が「かわいい。レトロ!」と車内で感激する。経営は苦しいようだが、駅売店などの名物「ぬれ煎餅」の売り上げがサポートしている。

 漁港を歩くと「犬岩」が海を見つめていた。耳をピンと立て、哀愁漂う背中。「源義経が銚子から奥州に向け船出した際、残した愛犬が七日七晩なき続け岩になった」という言い伝えが名前の由来。「陸路より海から行った方が、義経も安心だったと思うよ。人目につかなくて」と地元の人は断定調。そうなると安宅の関はどうなる?勧進帳はどうした?

 釈然としないまま、この地で最も標高のある「地球の丸く見える丘展望館」へ。見渡す限りの水平線、十キロにわたる絶壁・屛風ケ浦。付近では映画「県庁の星」のロケが行われた。細かいことはどうでもよくなるスケール感。
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 ▽ジャージャー
 銚子から利根川をさかのぼれば、北総の小江戸と呼ばれる佐原(現在は香取市)。掘割のような小野川沿いに江戸、明治、大正の建物が並ぶ。中でも、実測による日本地図を初めてつくった伊能忠敬(一七四五―一八一八年)の旧宅は静かなたたずまい。すぐ前に江戸時代の水路橋を復元した樋橋(とよはし)が架かり、定時に水が流れ落ちる。別名を「ジャージャー橋」という。
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 そんな情緒豊かな町も、利根川まで出ると印象が変わる。荒涼としてもの悲しく、それなのに人を包み込むような風景。妻を殺した男(役所広司)が再生へ向かう心象を映し、カンヌ映画祭で最高賞パルムドールを受けた今村昌平監督「うなぎ」(九七年)は川岸に腰を据え、風景の「度量」を生かし切った。



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2007年08月02日

東京・神保町 本の街に「シアタービル」

おすすめ度:★★★★

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神保町シアタービル
何が生まれるか


 日本最大の本の街として知られる東京・神保町に、出版社の小学館が運営する映画館と、お笑いの吉本興業の専用劇場を併設した「神保町シアタービル」が誕生した。家族連れや若者を意識したコンテンツや斬新な外観で、新たな客層の開拓を図る。

 ▽秘密基地? 
 同ビルは、ふ化する卵のイメージを黒い鉄板の組み合わせで表現した。小学館所有の六階建てで、地下に映画館・神保町シアター(百席)、地上二―三階に劇場・神保町花月(百二十六席)が入った。四階以上はタレント養成の吉本総合芸能学院東京校など。秘密基地のような趣で、一度見たら忘れられないインパクトがあるビルだ。
 
 シアターでは、小学館などが出資するアニメ作品などを上映、本を求めてやって来る中高年対象にレイトショーも企画する。「作品なりにターゲットはさまざま。広い世代のお客さんが来てほしい」と、支配人は言う。

 ▽新しい文化を
 神保町花月には吉本の若手が週替わりで登場、ストーリー性の強い芝居を上演し演劇好きの世代にもアピールしている。

 従来にないエンターテインメント色の強いビルの進出に、近くの書店は「新しい文化が芽生えるといいですね」と歓迎の様子だ。



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半蔵門 日本カメラ博物館

おすすめ度:★★★★★

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日本カメラ博物館
触ることもできるんです


 写真を撮りまくる日本人は、世界中の観光地でおなじみだ。カメラ付き携帯電話、プリクラ(写真シール作製機)など写真は日常生活に深く浸透している。この博物館を訪ねれば“カメラ好き”のルーツをたどることができる。

 ▽勢ぞろい
 館内には、幕末から現代まで日本で製造された新旧カメラを展示している。1854(安政元)年ごろ製造されたという漆塗りの「堆錦(ついきん)カメラ」は現存するわずか3台のうちの1台。小西本店が1903(明治36)年から量産したボックスカメラ「チェリー手提暗函(てさげあんばこ)」の精巧なレプリカなど、貴重な資料が勢ぞろいしている。

 「日本の歴史的カメラ」のコーナーを眺めて気づくのは、一般向けの多種多様なコンパクトカメラが大正末期から昭和初期に大量に製造、販売されていたことだ。「パーレット」「ベビーパール」などは手のひらほどの大きさで、こうした機械が娯楽、遊びとして普及し、カメラ好きを増やしていったのだろう。
 
 ▽遊び心くすぐる
 映画「ローマの休日」で小さなライター型カメラが登場する場面があるが、鈴木光学が製造したものと分かった。日本のカメラは、人々の遊び心をくすぐるのが得意なようだ。



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