下関北九州 勝ち負けの向こう側
おすすめ度:★★★★★
源義経が跳ぶ壇之浦
「壇之浦」と「巌流島」。あまりに有名な二大決戦の場所は、距離にして数キロしか離れていない。関門海峡をはさむ山口県下関市と福岡県北九州市は歴史的な要素に満ちて、訪問者をタイムスリップさせる。
▽永遠の定番
壇之浦古戦場では、全長一〇六八メートルの関門橋が海峡をまたぎ、一日七百隻もの船が行き交う。現代的でダイナミック。下関側で市民ボランティアの紙芝居に耳を傾けるうち、白旗、赤旗がひらめく海戦場面が目前に浮かんでくる。時は一一八五年三月。
勝者となった源義経、滅亡した平家一門の物語は、映画やドラマ、歌舞伎、戯曲の題材となり、日本人の琴線に触れる永遠の定番だ。義経の銅像の足元には、NHK大河ドラマで主役を演じた滝沢秀明の手形。

一方、巌流島では宮本武蔵、佐々木小次郎の銅像が「勝負の一瞬」に運んでくれる。時は一六一二年四月。現在、周囲一・六キロの平らな小島は、当時もっと小さかったという。逃げも隠れもできないスケールを察知した武蔵の戦略勝ち!
映画、ドラマの武蔵役といえば片岡千恵蔵、三船敏郎、中村錦之助(萬屋錦之介)、高橋英樹、北大路欣也、役所広司、上川隆也、市川海老蔵…。かなうことなら長府毛利藩の城下町を歩いてもらい、コンテストでもしてみたい。
▽歩いて行き来
下関と北九州の門司港は連絡船で五分。地図で分かっていても、初めて見ると隣町感覚に驚かされる。しかも、歩いて行き来できるとは。一九五八年開通の「関門トンネル人道」が、そのからくり。歩行者無料で、自転車とバイクは二十円を払う。
エレベーターで十数階分を降りて、海底へ。全長約七百八十メートルの一本道。天井や壁の絵を景色に、黙々と歩く。中ほどには山口県と福岡県の県境表示が。本州と九州を足でつなぐ感激がこみ上げるのは初心者だけらしく、地元の人はウオーキングの服装で何往復もしていた。一度だけではもったいない。伊能忠敬も通らなかったのだから、と歩数を測る。答えは「千百六歩」でした。

人道を抜け、たどり着いた門司港は「レトロ」を前面に、旧門司税関など役目がいったん終わった建物をよみがえらせていた。夜のライトアップはひときわ美しく、映画「スパイ・ゾルゲ」(〇三年)などの撮影地になった。下関の町を包んで、沈む夕日。赤い光が海峡の波に揺れ、荘厳で幻想的なひとときが舞い降りた。
「松本清張記念館」が、生まれ故郷の北九州市小倉北区にある。東京の自宅を基に書斎や書庫を再現。太陽がギラギラと小倉城を照らす。「全力で駆け抜けた巨人」の創作エネルギーを見た思いがした。


もうミーハー気分です。2大決戦地を見る機会はそうはない、と勝手に決めて訪れた。広い道路沿いの壇之浦には、やや拍子抜け。遊覧船で渡る巌流島の方が気分は勝った。それにしても近いぞ、本州と九州。海峡は、大きな川のようなもの。電車や船、クルマで日常的に行き来されている。だからこそ旅のメーンイベントは関門トンネル人道。
中で写真を撮ったりしているのは拙者だけ。県境またぐのいいですよお。しばらく立ったままでいたかったが、侍の格好なので桂小五郎に間違えられても困るから。そして松本清張記念館。館内にノーベル文学賞にふさわしい、というような表現があった。賛同いたしたい。それにしても暑い中、歩いた、歩いた。おかげでなじみの薄かったところの「点と線」がつながりました。








写真大杉ちゃいます? MEMOの枠にハミ出てまっせー!
投稿者 : 2007年07月20日 19:35
今回、ハミ出し写真で松本清張のエネルギーを表現してみました。いわば下クチビルですね。
投稿者 伝兵衛 : 2007年07月23日 12:28
この前下関に行ってきました。下関は今新しいオシャレなスポットがたくさん登場していて、
かなり変わってきてますね。歴史の重みと、新しさを
感じられます。
あと、下関駅近くの韓国焼肉店はオススメです!
投稿者 miu : 2008年04月17日 17:31