2007年06月25日
神楽坂 花街の華やぎ
おすすめ度:★★★★★
しっとりした石畳の路地
戦前、花街としてにぎわった神楽坂。通りには、おしゃれな飲食店が入る再開発ビルと並んで、料亭御用達の和食器店や和菓子店が軒を連ね、昔ながらの華やぎがそこかしこに息づく。
▽漱石愛用
神楽坂通りに面した毘沙門天は、平日もお参りする人が絶えない。赤い門から境内をのぞくと、こま犬ならぬ虎の石像〝こま寅(とら)〟が、背を丸めてにらみをきかせている。
絵馬には、神楽坂を舞台にした倉本聡さん脚本の連続ドラマ「拝啓、父上様」撮影の安全祈願をしたものが目立つ。主役はジャニーズ事務所のアイドル。大阪や仙台など遠方からもファンがやって来ていた。
毘沙門天の向かい側に、江戸時代創業の老舗文具店「相馬屋」。屋号が入った原稿用紙はインクの滑りがよく、何枚書き続けても手が疲れないように工夫されている。夏目漱石、石川啄木らが愛用した。

二百字詰めの原稿用紙が人気で、売り切れる日もあるという。IT全盛のこの時代に原稿用紙が、と驚くと「ドラマの影響でしょうか。おみやげに買って行かれるようですよ」と店員が教えてくれた。
▽別世界
にぎわう神楽坂通りから石畳の細い路地に一歩入ると、別世界のように車の音が遠くなる。曲がりくねった先にある「和可菜(わかな)」は、多くの作家や脚本家が〝カンヅメ〟になった旅館。編集者はかつて、相馬屋で買い求めた原稿用紙を持ち、和可菜まで路地を走ったという。
夕暮れには、板塀をめぐらせた路地裏の料亭やレストラン、バーに一つ、また一つと明かりがともる。カラン、コロンと、芸者のげたの響きが聞こえるようだ。

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2007年06月15日
祖師ケ谷大蔵 ウルトラの里
おすすめ度:★★★
祖師ケ谷大蔵駅前で
町を見守るウルトラマン像
新宿と郊外を結ぶ私鉄沿線。長く伸びる商店街を軸に、閑静な住宅地が広がっている。都会でよく見る風景だが、ウルトラマンという決定的な「強み」を持っているのが世田谷区の祖師ケ谷大蔵だ。
▽もったいない
テレビ初登場から、今年で四十一年。ウルトラマン像は駅前広場で胸を張り、往来を見下ろしていた。町の人には当たり前のことなのだろう、仰ぎ見たりせずに通り過ぎる。「そんな! もったいない」。初めて訪れた人なら、きっとそう思うに違いない。
台座を含め高さ三・八メートルだが、数字以上に大きく見える。生みの親で特撮の神様、円谷英二(つぶらや・えいじ)がこの地にプロダクションを創設したのが縁で、地元出身のヒーローとして知られてきた。像が建ったのは昨年春のこと。町ぐるみ振興策の一環で、目抜き通りは「ウルトラマン商店街」を名乗る。

街灯ごとに、商店街名を大書したオレンジ色のペナントがはためく。駅から離れると店がなく、野菜畑が広がる一帯もあるが、そこでもペナントが途切れていないのがほほ笑ましい。町から愛され、町を守って…。こういう所で育ったから、いいヤツになったんだなと勝手に納得した。
▽とどめじゃ
一方、お笑い界のヒーローもこの地で育っている。とんねるずの木梨憲武(きなし・のりたけ)さんで、実家は今も商店街で自転車店を営む。二階は喫茶「なごみ堂」。木梨さんデザインのポストカードが並び、意外な一面に触れることができる。
帰路、駅のホーム。電車接近に合わせ、ウルトラマンの主題歌のメロディーが流れた。この徹底ぶり。とどめを刺された気がした。

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秋葉原 サブカルの迷宮
おすすめ度:★★★★★
JR秋葉原駅前で、
メード姿の女性がチラシ配り
改札口を出たら、フリルのミニスカートにエプロンを着けた女の子からチラシを渡された。駅前広場を見渡せば、そんなメード姿の少女がちらほら。世界有数の電気街の訪問者は、ちょっと不思議なオタク文化で歓迎を受けることになる。
▽美少女
駅前の秋葉原ラジオ会館は、もともと電気関係の店が軒を連ねる“理工系ビル”だったが、今やサブカルチャーの拠点。漫画のキャラクターをかたどった人形や服などを扱う店は終日、若い男性客でにぎわっている。
「こんにちは」。かわいい声で呼び止められたと思ったら、テレビアニメの仕業。美少女が描かれたポスターを男の子が食い入るように見つめる。ここでは仮想現実と日常が混じり合っている。
▽安いよ!
最新家電が並ぶ街なのに雑然とした雰囲気なのは、戦後、この辺りにラジオ部品を扱う闇市が広がっていたことと関係がありそうだ。駅に隣接するラジオセンターは、当時の様子を今に伝える。
狭い通路の両側に、間口二メートルほどの店が肩を寄せ合う。祭りの夜店のような店構えの棚には色とりどりの電子部品がびっしり。豆電球を見ていたら「安くしておきますよ」と店員が笑った。店員と客とのコミュニケーションが、ぬくもりを生む。

サブカルチャーと電気の迷宮をさまよい歩いて疲れた頭を冷やしに、万世橋へ。目の前のれんがの建物は旧万世橋駅。日本銀行本店や東京駅などを設計した建築家辰野金吾(たつの・きんご)が手掛けた。駅舎は後に交通博物館となり、長い間、鉄道ファンを集めたが、二〇〇六年五月に惜しまれながら閉館。子どもたちに愛された入り口前の新幹線は覆いで隠され、寂しげだった。
× × ×
東京。ヒトとモノを取り込み、巨大化が止まらないメガロポリス。この街をどこまで知っているのか。そして、どこまで踏み入ることができるのか。頼みは2本の足。百聞は一見にしかず、とあらためて思う。
さあ、てくてく歩きをはじめよう。トーキョー、じゃぱ~~~~~ん!GOです。

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六本木 最先端をゆけ
おすすめ度:★★★★
2007年3月開業の
六本木ミッドタウン
地下鉄六本木駅から地上に出て、ぽかぽか陽気に包まれた瞬間、ランチはどこか屋外で食べようと決めた。六本木ヒルズの毛利庭園は、正午を過ぎると同じことを思い付いた会社員やOLでいっぱい。サンドイッチ、ピザをほお張る姿も国際色豊かだ。
▽宇宙メダカ
未来都市のような六本木。江戸期に武家屋敷が多く立ち並んだ由来から、終戦までは旧陸軍の色が濃い街だったというが、現在はその名残を旧跡にわずかにとどめるのみだ。毛利庭園は長府藩毛利家の上屋敷跡。整備された現在の池では、宇宙飛行士の向井千秋(むかい・ちあき)さんとともに、スペースシャトルで宇宙を旅したメダカの子孫「宇宙メダカ」がゆったり泳いでいる。

明治期の軍人乃木希典は、この上屋敷で同藩士の子として生まれた。東京ミッドタウン近くに乃木神社があり、隣に乃木が自刃を遂げた旧乃木邸も残されている。交通量の多い外苑東通りに面しているのに、緑鮮やかな境内に入ると車の音が驚くほど遠くなった。
▽ベロタクシー
旧防衛庁跡地に二〇〇七年春開業の東京ミッドタウンは、記念撮影を楽しむ人でいっぱい。タウン前で三輪自転車「ベロタクシー」を見つけ、乗ってみた。ペダルを力いっぱい踏むのは女性ドライバー。風を肌で感じられ、ガタガタ揺られる雰囲気も魅力的で、相乗りした男性は「普段よりゆったり時間が流れるみたい」と満足そうだ。
東京で十数台しか走っていないそうなので、歩道を行く人も珍しげ。さまざまな国の言葉で「かわいい」「頑張れ」と声が掛かる。新しいものをおおらかにのみ込む街だからこそ、六本木は最先端を歩むのだろう。

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2007年06月08日
銀座 ヒトとモノの交差点
おすすめ度:★★★★★
銀座4丁目交差点。
信号を待つスタイルはさまざま
とにかく繁華街の代名詞。全国あちらこちらにある「銀座」の本家本元は三百六十五日、人があふれている。
外国人もここでは風景に溶け込む。地図とカメラを持ち歩く初体験の観光客もいれば、勝手知った庭のようにぶらつくカップル、グループがいる。日本人がちょっと苦手な、背中に手を回す愛情表現も、華やかな交差点では違和感がない。「欧米か!」と突っ込みを入れたいほどだ。
▽岡本太郎だ!
銀座の通りの代表格と言えば、デパートが並び歩行者天国が実施されることで知られる中央通りだが、今回は有楽町から東銀座まで、東西を貫くメーンストリート晴海通りを行く。
「君の名は」の舞台、数寄屋橋跡に建つ時計台が妙に気になる。丸い顔に大きな目玉、円すい形の胴体からニョキニョキと何本も腕が伸びて…。太陽の塔みたいと思ったら、やっぱり岡本太郎作だった。設置は一九六六年。大阪万博より前だ。ビルの谷間に埋もれても、色あせないパワーを保っている。

▽天井桟敷
グッチ、ディオールなど高級ブランドショップが連なる一帯を抜け、東銀座へ。ランドマークは歌舞伎座。敷居が高そうだが、ここは一幕見席(ひとまくみせき)を利用したい。幾つかある演目を一幕だけ、安い料金で見ることができる。場所は客席最上部の四階。約六十段の階段を上り、席に座ると視界の半分は天井が占める。ぐっと前のめりを決め込んだ。
この日は三津五郎、海老蔵、菊之助らの共演を千円で。見下ろす角度はきついが、外国人観光客も興味津々。「大和屋!」「音羽屋!」。場内の掛け声がまた、うける。ギンザは高得点をゲットしたとみた。

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2007年06月01日
自由が丘 住みたい街上位
おすすめ度:★★★
フランスの花屋が新規オープン。
街行く人が見入る
東急電鉄の改札口を出ると、「細街路(さいがいろ)」と呼ばれるこの街独特の迷路のような小道の数々。どの路地にも目新しい店があり、どれを進もうか迷う。通りは、店先すれすれを走るバスと人々でひしめき合う。一方で駅周辺の再開発が進み、老朽化したビルが次々と姿を消している。
▽流行に敏感
東京の情報誌で毎年、住みたい街ランキングで上位に入る一帯。いつも目新しさがある。服飾ブランドショップ、スイーツ店、美容院、ペット専門店など全国展開を狙うチェーンの一号店オープンが相次ぐからだ。二〇〇七年春も、フランスの花屋チェーンのアジア一号店がオープンした。
「平日昼間は女性客が多く、夕方からは学生や勤め帰りの人たちが訪れる。流行に敏感なあらゆる客層が来るので、ショップにとって試金石にしやすい」と話すのは、自由が丘商店街振興組合事務長・中山雄次郎(なかやま・ゆうじろう)さん。「それでもショップはガツガツせず、ゆったり構えてやっているんですよ。本物志向のお客さんがいますから」。余裕の笑顔を見せた。
▽トットちゃん
この地は、黒柳徹子さんのエッセー『窓ぎわのトットちゃん』でおなじみのトモエ学園があったことでも知られている。大正自由教育の指導者、手塚岸衛(てづか・きしえ)が自由ケ丘学園を創立、トモエ学園はその教育を引き継いだ。跡地を探したが、今はスーパーになっていた。

トモエ学園が存在したことを教えてくれるのは、人と車の往来が激しい学園通りにポツンと立つ「自由ケ丘発祥の石碑」だけだ。かつての学園の面影を求め、ここを訪れた黒柳さんがポロポロと涙をこぼしたのもわかる気がした。

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