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スポーツリレーコラム

2011年12月14日

台湾の熱意で復活 3年ぶり、野球のアジア・シリーズ  

満員のスタンドを背に右前打を放った内川。セ、パ両リーグ首位打者の男が真価を発揮した場面だ(11月25日の統一戦から、共同) アジア、オセアニアのプロ野球リーグ優勝チームで争うアジア・シリーズが11月下旬、台湾で開催された。3年ぶりに開かれた大会には、日本シリーズ覇者のソフトバンク、韓国のサムスン、台湾の統一のほか、不参加の中国に代わって初出場のオーストラリアからパースが参戦した。地元の台湾戦ではスタンドが満員で埋まるなど盛り上がりをみせた。ソフトバンクは決勝でサムスンに屈して日本勢の5連覇を逃したものの、台湾の熱意があってアジアの野球振興の動きが復活したといえる。

 アジア・シリーズはプロ野球を統括する日本野球機構(NPB)が主催する形で2005年に第1回を開いた。しかし2008年の第4回は冠スポンサーが撤退し、2億円を超える赤字に陥った。大会はこれを最後に休止に追い込まれた。翌年、大会誘致に名乗りを上げたのが台湾プロ野球の中華職棒大連盟(CPBL)だった。

 野球人気の低下を危ぶんでの行動だった。08年大会が開幕する2日前のことだ。中信という球団が解散することが決まり、それ以前にも八百長疑惑で解散した球団があったため、6チームで争ったリーグが09年から4チームでの運営を強いられる事態になった。それに輪を掛けてアジア・シリーズの休止。台湾球界のダメージは計り知れなかった。

 

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倉見 徹(くらみ・とおる)1970年生まれ。石川県珠洲市出身。共同通信で96年からプロ野球を取材。近鉄、阪神、ダイエー、ロッテ、西武、巨人を担当。現在は球界全体をカバー


2011年09月28日

「打者優位」で至難の業? めっきり減った快挙、ノーヒットノーラン  

itou.misei.jpg プロ野球阪神の担当記者をしていた1998年、川尻投手が中日を相手にノーヒットノーランを達成したのを目の当たりにした。無安打のまま迎えた試合の終盤ではドキドキしながらスコアブックをつけていたことを今でも鮮明に覚えている。そんな大記録が最近、めっきり減っているのに気づいているファンは少なくないだろう。

 セ、パの2リーグに分かれた1950年から79年までの30年間に両リーグで計43度が達成されたが、80年から昨季までの31年間では計20度に減少した。セは2006年9月の山本昌(中日)以降、パに至っては01年6月のエルビラ(近鉄)以降、達成した投手はいない。

 投手にとって野球人生で1度あるかないかという難しい記録であることは分かっている。やられた方としたらたまったものではないだろう。とはいえ大記録の達成となればメディアで大きく取り上げられたりして球界はパッと華やかになる。長いシーズンの中にそんな〝お祭り〟があっていい。

 

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倉見 徹(くらみ・とおる)1970年生まれ。石川県珠洲市出身。共同通信で96年からプロ野球を取材。近鉄、阪神、ダイエー、ロッテ、西武、巨人を担当。現在は球界全体をカバー。


2011年07月06日

W杯3連覇へ向け始動 厳しさ前面に、野球の女子日本代表  

itou.misei.jpg 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表は2連覇中だが、女子も負けてはいない。来年8月にカナダのエドモントンで予定されている野球の第5回女子ワールドカップ(W杯)で史上初の3連覇を目指している。6月20日に第1次の代表候補選手28人を発表し、悲願達成に向けてスタートを切った。

 女子代表を率いるのは西武、日本ハムで活躍した元プロ野球投手の新谷博氏。過去2大会は投手コーチとして2連覇を支え、今春から監督に就任した。これまで4大会は開催年の春に代表候補選手を決めていたが、今回は大会の1年以上前にもかかわらず、監督の意向で選考を始めた。来年の本番まで数段階に分けて代表メンバーを選考していくことで、選手の間に競争意識を芽生えさせる狙いがある。

 新谷監督は「これまでは国際大会に出ていってもチームに厳しさがなかった。日の丸を背負う厳しさを、もっと選手に分かってもらいたいから」と話す。前回の代表メンバーで、今回も代表候補入りできるような実力者をあえて外し、意図的にフレッシュな選手を数多く入れた。「全国の選手に代表入りのチャンスはある。女子野球界が盛り上がる選考をしようと思う」と意気込む。

 

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 倉見 徹(くらみ・とおる)1970年生まれ。石川県珠洲市出身。共同通信で96年からプロ野球を取材。近鉄、阪神、ダイエー、ロッテ、西武、巨人を担当。現在は球界全体をカバー


2011年04月06日

復興に向け力強いメッセージを!! 団結求められるプロ野球界  

 東日本大震災に見舞われた日本国内に流れている空気は、2001年9月11日に悲惨なテロ事件が起きた米国と似ているように感じる。

 当時、テロに遭ったニューヨークを本拠地にする米大リーグ、メッツの新庄剛志外野手を取材するため米国に滞在していた。普段にぎやかなニューヨークの繁華街は、人影がまばらになっていた。「再びテロに襲われるのか」「戦争になるのか」。そう思うたびに恐怖と不安が募ったことを、ついこの前のことのように思い出す。

 体感できる余震は減ってきたものの、津波で大きなダメージを受けた福島原発からの放射性物質の飛散、海洋汚染問題の解決は先行きが見えない。電力事情も含め、震災の影響が日常生活にも影を落としている。テロという人災と天災の違いはあるが、不安に包まれている状況はいまの日本も同じだ。

 

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倉見 徹(くらみ・とおる)1970年生まれ。石川県珠洲市出身。共同通信で96年からプロ野球を取材。近鉄、阪神、ダイエー、ロッテ、西武、巨人を担当。現在は球界全体をカバー


2011年01月19日

奪三振の数だけランドセル 球界の「タイガーマスク」、巨人の内海哲也投手  

 プロレス漫画「タイガーマスク」の主人公である「伊達直人」を名乗り、児童養護施設などにランドセルを匿名で寄贈する動きが昨年12月から全国各地で起こっている。プロ野球界でも同じような活動を続けている選手がいる。巨人の内海哲也投手だ。
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 首都圏の児童養護施設にいる新1年生を対象に2009年は154個、10年には115個を贈った。今春は121個を寄贈することにしている。直前シーズンで奪った三振と同じ数のランドセルを贈る活動だ。ここ2年間は09年に贈った数を超えられていないだけに「来年こそ200個を渡せるように」と気合いを入れている。

 08年の春季キャンプ中に宮崎市の施設を訪問した際、関係者からランドセル購入の補助金が国や自治体から出ていないことを聞いたことがきっかけになった。その3カ月前、自身にも第1子となる長男が誕生したことで、子どもたちの存在を身近に感じるようになったそうだ。「子どもたちを元気にしたいと思って訪問したら、逆に元気をもらった。恵まれない子どもたちに何かしてあげたいという気持ちになった」

 巨人の先発陣の柱としてマウンドに臨んでいる。三振を奪った時にランドセルのことが頭の片隅に浮かぶことがあるという。厳しいペナントレースで打者としのぎを削っている最中に、子どもたちのことを思いやる心の優しさ。活動が自身の士気を高めている。

 

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2010年11月10日

結束力で実現した「下克上」 リーグ3位から日本一のロッテ  

 プロ野球の日本シリーズは、ロッテが中日を破って5年ぶりのシリーズ制覇を果たした。リーグ3位から日本一になったのは史上初。クライマックスシリーズ(CS)で不利な条件を乗り越えたチームだけに、快進撃の要因はとかく「勢い」という言葉で片付けられがちだが、年間王者と呼ぶにふさわしい中身のある戦いだった。
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 打線全体が迷いのない、思い切りのいいスイングをしていた。井口、サブロー、今江の中軸3人が長打を狙わず、打線のつながりや状況に応じた打撃に徹していたのが印象的だった。特に井口は昨年、ワールドシリーズ制覇を経験した米大リーグから日本に戻って以来、若手選手に対して常々「つなぎの重要性」を説いてきた。その姿勢を自らも大舞台で示した。西岡のバットが湿って1番の役割を果たせなかっただけに、打率3割7分1厘をマークした井口が火付け役となって打線を引っ張っていた。

 人材豊富な中日より劣ると見られていた投手陣もよく投げた。光ったのは若手のリリーフ陣。内は優勝を決めた第7戦で3回を封じるなど、計4試合に投げて無失点。伊藤も第4戦で1失点して敗戦投手にはなったが、第7戦では延長十一、十二回の2イニングの最後を締め、日本一を決める勝利投手になった。ともに攻撃的な投球で相手打者を翻弄。ベテランの小野、抑えの小林宏が目立たないほどの活躍だった。

 選手の能力を引き出したのは、就任1年目の西村監督だ。昨季までバレンタイン前監督の下で6年間ヘッドコーチを務め、選手それぞれの長所、短所を知り尽くす。選手を掌握し、適材適所を心掛けたさい配が光った。主将の西岡をはじめ、選手から「監督を男にする」と慕われた指揮官の下、結束したチームは熱狂的なファンとともに目指した「下克上」を見事に実現した。

 

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2010年08月18日

本場米国でも話題に 広島・赤松の超ファインプレー  

 8月4日のプロ野球、広島―横浜16回戦(マツダ)で、ファンの度肝を抜くような超ファインプレーがあった。横浜の主砲・村田修一が放った本塁打性の当たりを、広島の赤松真人外野手が左中間フェンスに右足を引っかけて素早くよじ登り、左腕をいっぱいに伸ばした。見送っていれば間違いなくスタンドに入る打球を鮮やかにキャッチ。赤松本人が「本塁打を捕ったのは初めて。外野手にとって一番のプレー」と振り返った超美技に、球場内はどよめきと歓声に包まれた。

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 もちろん当日のテレビのスポーツニュースや翌朝の新聞紙面で取り上げられ、数日後には米スポーツ専門局ESPNがニュース番組で紹介。米CBSテレビもニュースサイトで「スパイダーマン キャッチ」との見出しを付けた動画を閲覧できるようにした。日本の見知らぬ選手のスーパープレーが、海の向こうでもちょっとした話題になった。

 

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2010年05月26日

闘争心の大切さを再認識 プロ野球混成チームが社会人大会に出場  

 選手の息遣いが感じられるベンチのすぐそばで、3試合すべてを見た。普段は敵として戦うチームメートを鼓舞しようと、一つ一つのプレーに声を張り上げる。プロのプライドを懸けた選手の真剣な姿は新鮮にさえ映った。
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 5月初旬、プロ野球イースタン・リーグの若手で編成した混成チーム「シリウス」が、社会人の新潟大会(ハードオフ新潟)に出場した。シリウスは昨季、2軍公式戦でも出場機会が少ない若手選手に実戦経験を積ませるため、育成選手を多数抱える巨人とロッテの連合チームとして発足した。今回はその選手枠をリーグ全体に広げ、社会人の地方大会に出場する舞台が整えられた。

 新潟大会には4球団の25選手が参加。初戦となった準々決勝の試合前、内野席下の屋内で行っている練習の取材をマネジャーに申し出たが「みんなピリピリしているので、中に入るのは遠慮された方がいいと思います」と、やんわり断られた。監督を務めた巨人の藤田コーチは、午前2時まで眠れなかったという。「アマには負けられない」との思いがあったからだ。

 

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2010年02月03日

ONとともに時代を疾走 半世紀にわたりプロ野球支えた丸山博さん  

 野球規則のこと、審判員が絡んだ試合でのトラブルのこと、日米の使用球の違いについてなど、ことあるごとに質問を投げかけた。そのたびに数々の資料の提示や丁寧な説明を受け、何度も助けてもらったことを覚えている。

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 その人の名前は丸山博さん(77)。野球に情熱を注ぎ、記者にはとても親切だった。プロ野球セ・リーグの審判員として歴代4位の通算3521試合に出場した実績を持つ。審判員を退いた後はプロ野球の規則委員となり、ルールの改正、審判員の技術向上に尽力した。今年の野球規則の改正を発表した1月末をもって日本野球機構(NPB)を退職。実に53年間にわたってプロ野球の発展に寄与した。

 

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2009年11月18日

現役監督か否か 次回も難航しそうなWBC日本代表監督選び  

 野球の世界一を争うワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2連覇、セ・リーグ3連覇、日本シリーズ制覇―。プロ野球巨人の原辰徳監督は今年、指揮官としていくつもの勲章を手にした。2月半ばのWBC日本代表合宿から、プロ野球界の先頭に立って引っ張った9カ月間だった。
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 原監督の頑張りがもたらした栄光の数々。中でもWBCは相当な労苦を強いられたようだ。一流選手が集まる代表チームを束ね、なおかつ勝つことが求められる精神的な負担は想像を超えるものだった。「もう一度(代表監督を)やってほしいと言われても、引き受けるかどうか…。その時は熟考するだろうな」は本音だろう。

 シーズン開幕前の大事な時期に開催されるWBC。選手の力量や将来性を見極める大切な時期である春季キャンプの途中でチームを離れ、日本代表監督に専念しなければならなかった。多忙なWBC期間中もチームに関する報告を携帯電話の電子メールで受け取っていたが、自身の目でじかに選手を把握できないのは、チームを預かる身としてはつらい日々だったはずだ。

 原監督の誕生まで日本代表監督の選考作業は難航、長期化した。昨秋ようやく決まったのだが、WBC体制検討会議メンバーの一人だったソフトバンク・王貞治球団会長らからは「大会の2、3年前には監督決定など準備に入るべきでは」との意見が出された。次回のWBCは4年後の2013年に開かれる。加藤良三コミッショナーら日本プロ野球組織(NPB)関係者がそうした見解を重く受け止めているならば、来年にも次回大会に向けて動きだすことになる。

 

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2009年07月22日

再開へ明確なビジョンを 廃止確実なプロ野球アジアシリーズ  

 日本、韓国、台湾、中国のプロ野球優勝チームで争うアジアシリーズが今年から廃止されることが確実な情勢だ。代わって、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でしのぎを削った日韓両国の優勝チームによる国際試合の開催が検討されている。
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 その理由は、2005年から大会を主催してきた日本野球機構の赤字体質にある。昨年の大会は冠スポンサーが撤退。これにより地上波のテレビ中継もなく、放映権料の確保もできなかった。同機構が自腹を切って運営し、2億円を超える赤字を出したことで大会廃止への議論に拍車がかかった。

 「アジアのプロ野球先進国」である日本では、日本シリーズが最高の舞台という認識が強く、主力や外国人選手は出場を控える傾向があり、どこか冷めた対応だった。これに対し、ほかの3カ国・地域は、文字通り「アジアのプロ野球ナンバーワン」を決める舞台ととらえ、並々ならぬ意欲で臨んできていた。

 昨年、韓国から出場したSKは、シーズン開幕時から「打倒・日本」をスローガンに掲げ、韓国シリーズを終了して間もなく合宿を開始した。3人のスコアラーを日本シリーズに派遣し、戦力分析を行う熱の入れようだった。台湾、中国では、野球熱を盛り上げるための不可欠な大会として認識されている。台湾は昨秋にチーム解散などで2球団が減り、今年はわずか4球団での運営を強いられている。北京五輪が終わった中国は野球人気がいまひとつの上、来年以降、チームが所属する省や国からの支援が大幅に減る可能性があると聞く。

 

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2009年04月07日

「公認球を日米同一仕様に」 NPB加藤コミッショナーが意欲  

 誰もが問題だと思いながら、その解決に向けて公に発言したり、具体的な行動を起こそうとする人はほとんどいなかった。このほど、日本プロ野球組織(NPB)の加藤良三コミッショナーが口を開いたことで、ようやく議論しようという機運が生まれた。2連覇を果たしたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本の選手が苦しんだ「使用球」についてである。
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 WBCで使用された球は、米大リーグ仕様。NPBの公認球に比べて表面がツルツルして滑りやすい。日本の選手は「日本のものより重さを感じる」と漏らし、打者に関しては打球の失速を痛感したという。3年前の第1回大会の時にも表面化した問題は、そのまま放置されてきた。

 特に、制球力や球の切れを生命線とする日本の投手にとっては大問題だった。大会前年のシーズンオフにWBCの使用球を受け取り、各投手が適応しようと試行錯誤したが、しっとりと手になじむNPBの公認球に慣れている投手は「似て非なる」球に四苦八苦。大会が終わるまで悩まされ続けた投手もいた。

 こうした事態を重く見た加藤コミッショナーは「何度も同じことを繰り返すのは、いいことだと思わない」と発言。4年後の2013年に予定されている第3回大会に向け、NPBの使用球を大リーグ仕様と同品質にしたいとの私見を明らかにした。今後、国際大会経験者らと検討を始めることも明言した。

 

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2008年12月17日

12球団結束し魅力的なイベントを 赤字解消目指すプロ野球  

 プロ野球を統括する社団法人日本野球機構がこのほど、収益部門の事業会社化を検討する委員会を創設した。簡単に言えば「金もうけ」をするための会社をつくろうということだ。
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 原因は2008年9月期(07年10月―08年9月)の決算が約5億8000万円の赤字に転落したことにある。課税方法の変更に伴い、審判員や記録員の交通費や宿泊費などを経費計上できなくなったほか、警備の問題で北京五輪日本代表の宿舎を変更せざるを得なかったことにより大幅に費用がかさんだことなどがその理由。今後も毎年約3億円の赤字が予想される危機的状況を打破しようというわけだ。

 放送権、グッズを一括管理し、利益を各球団に分配する米大リーグ機構の方式を模した形になるが、そっくりそのままの導入が理想とは言い切れない。日本のプロ野球の場合、放送権やグッズの商売は各球団が独自で行っている。人気球団を中心に大リーグ方式への反発は根強く、今回は各球団の既得権益を侵さないことを前提にスタートすることになった。

 

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2008年09月10日

中国「歴史的勝利」の陰に日本の支援 北京五輪の野球  

 北京五輪の野球で大番狂わせがあった。中国が1次リーグで、1992年バルセロナ五輪で銀メダル獲得の実績を持つ台湾を破ったことだ。発展途上にある中国の「歴史的勝利」に、日本が貢献していることはあまり知られていない。
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 五輪開催決定を機に、中国野球協会は競技レベルの向上などを目的として2002年からプロの国内リーグ(CBL)をスタート。03年に業務提携を結んだ米大リーグ機構から、ロッテでプレーし、大リーグ監督を歴任したラフィーバー監督ら本場の指導者を招聘し、代表チームの強化に乗り出した。

 もちろん、台湾戦の劇的勝利はラフィーバー監督を中心とした約5年間の強化が実った結果だろう。とはいえ、その体制に中国関係者から不満が漏れていたのも事実だった。

 

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2008年05月07日

「腹くくった」寺原の抑え転向 選手そろわない横浜  

TR2008050200089.jpg 「こんなことを言ってはいけないし、言い訳にならないのは分かっている。だけど今年は本当に選手がそろわない」。開幕から負けが込み、現在セ・リーグの最下位に沈んでいる横浜。大矢監督の嘆きは偽らざる本心だろう。

 その言葉通り、シーズン開幕時から主力選手の離脱が絶え間なく続いている。エースの三浦が3月半ばに右肩に張りを訴えた影響で出遅れた。その三浦が戦列に戻ると、今度はベテランの工藤が昨オフに手術した左ひじ周辺に張りが出ていまもなお2軍で調整中だ。

 巨人に去ったクルーンに代わる抑えの候補だった加藤も右太ももの肉離れにより戦列を離れている。代わりに抑えもこなしていたマットホワイトも右肩痛を訴えて2日に出場選手登録を外れた。

 

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2008年01月30日

裏金問題から再起 元早大野球部の清水選手  

BS-0058__-200801131914_L.jpg 「清水勝仁」という名前を覚えている人も多いだろう。昨年3月、プロ、アマ両野球界が揺れた裏金問題。早大の選手が西武球団から栄養費や授業料を受け取っていたことが発覚。大学野球部からの退部と1カ月間の停学処分を受けたのが、その清水選手だった。
 
 大勢の報道陣を前に、金銭授受の経緯を明らかにした謝罪会見から約10カ月がたった。1月13日、清水選手は昨年開幕した独立リーグのベースボール・チャレンジ(BC)リーグ、信濃グランセローズの入団テストに挑戦し、見事に合格した。一度は断念した野球を続けられる喜びの会見に臨んだ。

 退部後は、完全に野球と縁のない生活をしていた。勉学に集中するととともに、居酒屋でアルバイトを経験。高校時代から野球中心の生活を送り、プロ入りが有望視された清水選手が、「普通の学生」の生活をしながら反省の日々を過ごした。大学卒業後は一般企業に就職することも考えたという。

 「自分のために、いろんな人が応援してくれた。親も僕が野球をやることを望んでくれていた。そうするうちに、やってやろうという気持ちがわいてきました。ずっと続けていた野球が大好きだから…。22歳でプロを目指すのは簡単じゃないと思うが、必死にやってプロに行きたい」。日本プロ野球組織(NPB)入りへ、力強く再挑戦を誓った。

 

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2007年10月03日

真の「日本一」追求を プロ野球クライマックスシリーズ  

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 プロ野球界はまもなく、クライマックスシリーズ(CS)が幕を開ける。セ、パ各リーグでレギュラーシーズンの上位3チームが日本シリーズの出場権をかけて戦う、新しい試みだ。

 基本的にはリーグ優勝チームを決めるためにパが昨季まで3年間採用したプレーオフの形式がとられる。2位と3位の両チームで争う第1ステージの勝者が、リーグ優勝チームと第2ステージを戦う。しかしCSと、昨年のパのプレーオフとは相違がある。優勝チームに第2ステージでのアドバンテージ(1勝)が与えられていないことだ。

 

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2007年06月27日

がんばれ、能登球児たち  復興につながるプレーを  

 生まれ育った能登半島で起こった震度6強の大地震から約3カ月がたった。幾度の豪雪にも耐えてきた家屋が押しつぶされたように倒壊したのを目の当たりにした時はショックだった。想像を絶するほどの大きな揺れだったに違いない。

 悲鳴を上げる能登に野球界からすぐに支援の動きが起こった。石川県出身、または石川県にゆかりのある選手が次々と義援金を送った。球団でも中日はナゴヤドームでの開幕カードで募金箱を設置し、ヤクルトは選手たちの野球道具をチャリティーオークションにかけて寄付した。能登出身の一人として本当に感謝申し上げたい。

 義援金を送ってくれた選手は、必ずしも全員が1軍で活躍し、高年俸をもらっている人ばかりではなかった。プロに入ったばかりの高卒新人選手もいたし、今季年俸の十分の一に相当する金額を寄付してくれた選手もいた。それぞれがプロ野球選手という社会的な立場を自覚し、「地元のために何とかしなければ」と立ち上がってくれたのがうれしかった。

 

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2007年03月21日

WBCは日本選手の品評会 スーパースターの誕生願う  

 大塚(レンジャーズ)が最後の打者を空振り三振に仕留め、王監督(ソフトバンク)が歓喜の宙を舞った。ちょうど1年前、米国からの衛星生中継にかじり付き、〝世界一〟に輝いた日本代表の戦いぶりに感動した人は多いだろう。

 昨年3月に初開催された野球の国・地域別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本は初代王者に輝いた。皮肉にも米国戦での誤審問題、韓国に2度敗れたことなどで日本中の関心を呼び込んだ。準決勝、決勝は高視聴率をマーク。人気低迷が叫ばれる日本のプロ野球界にとって、苦難を乗り越えての栄冠は最高の盛り上がりとなった。

 ▽評価高めた松坂

 

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