2008年03月26日

「筋書きのないドラマ」は健在! 甲子園、装い変わっても  

 改修工事が一段落して内野席が新しくなった甲子園球場。テレビ中継でおなじみの試合後のインタビューも、場所が移った。昨年までは、一塁側バックネット横から地下通路の坂を上って引き揚げてきたチームが、一、三塁側に分かれて、監督と活躍した選手がお立ち台に上がっていた。

BS-0646__-200803221615_L.jpg 今年からは、両チームとも地下通路を出ると、一塁側へ移動し、奥が…  

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榎本 一生(えのもと・かずき)1969年横浜生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経て昨年から高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。


2007年12月12日

世紀のトレードと日本一  

BS-0217__-200711012309_M.jpeg 年の瀬になり、いろいろな思いが去来している。自分の担当としては高校野球の特待生問題に振り回された1年になり、昨年まで担当していた大相撲もマイナスな面で世間から注目された。スポーツ界は暗い話題が例年より多かった気もするが、個人的には中日の53年ぶりの日本一が明るい2007年のニュースだった。その中日について考える時、いつも21年…  

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榎本 一生(えのもと・かずき)1969年横浜生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経てことしから高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。


2007年08月22日

高校野球の監督は老け顔? 指導者としての風格の現れ  

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 高校野球の監督は見た目が実年齢よりずっと上。6月中旬に始まった全国高校野球選手権大会の沖縄大会から取材を続けてきた中で痛感していることである。

 大阪代表として甲子園に出場した金光大阪の横井監督は32歳だが、とても自分より5歳も年下とは感じられない貫録があった。遊びたい盛りの何十人もの子どもたちを指導していくこと…  

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榎本 一生(えのもと・かずき)1969年横浜生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経てことしから高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。


2007年05月16日

変ぼうする"野球中心主義" 相次いで問題発生  

 by 榎本 一生

 年明けに大阪へ転勤し、4カ月がすぎた。高校野球を任され、のんびりと単身赴任生活をおくる計画は幻と消え、西武の裏金事件に端を発した特待生問題でもう2カ月以上も振り回されている。これでもか、というぐらいに次々と問題が発生し、今後もさらに振り回され続けることになりそうな案配だ。

 ここでは特待制度について論じるつもりはない。ただ間違いなく言えるのは、この国における野球の歴史、存在がほかの競技とはあまりにも違う次元にあるとい…  

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榎本 一生(えのもと・かずき)1969年生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経てことしから高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。


2007年02月07日

地元の熱気は数十年前が上 甲子園初優勝校を大歓迎  

 昨夏の全国高校野球選手権は、ハンカチ王子こと早実・斎藤佑樹投手の活躍で大いに盛り上がった。同じように、1980年代前半は、荒木大輔(早実)や桑田真澄、清原和博(PL学園)のKKコンビなど、超高校級の選手たちが甲子園を熱くした。

 歴史をひもとくと、個人のインパクトではなくチームの快進撃で大会が盛り上がることも多かった。○○旋風と呼ばれ、下馬評がそれほど高くなかった学校があれよあれよという間に勝ち上がる。2年前の夏に甲子園初出場の清峰(長崎)…  

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榎本 一生(えのもと・かずき)1969年生まれ、92年入社。プロ野球担当、大相撲担当などを経てことしから高校野球担当。取材で最も印象に残っているのは1994年夏の甲子園佐賀商の優勝。