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スポーツリレーコラム

2011年05月18日

楽しみな逸材の成長  東海大の右腕、菅野智之投手  

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 アマチュア野球担当記者の主な仕事として、秋のプロ野球ドラフト会議で上位指名がかかりそうな有力選手の動向を追うというものがある。
 今年の大学球界で一番の注目株は東海大4年生の菅野智之投手だ。最速157キロの速球を誇る本格派右腕は、多彩な変化球を操り、制球も抜群。加えて巨人の原辰徳監督のおいっ子という話題性もある。その巨人が早々とドラフト1位指名を公表していることもあり、いつもはあまり取材の機会がない首都大学リーグだが、今春は彼の登板日には必ず球場に足を運ぶことにしている。注目度は抜群で、スポーツ紙はほぼ全紙が取材に訪れ、一般紙やテレビ局も加わり、試合後は記者会見場まで設けられて大いににぎわっている。
 4月26日。昨秋リーグから続く連続イニング無失点を実に53回まで伸ばし、リーグ新記録を樹立した。ところが、その試合で味方の手痛い失策でまさかのサヨナラ負け。勝ち点まで落としてリーグ優勝が難しくなってしまった。「記録のことは何も考えていなかった。信じられない。思い通りにいかなかった。そんなに甘くない」。負けた現実をなかなか受け入れられず、こわばった表情で話す姿からは、新記録達成のめでたい雰囲気はみじんも感じられなかった。
 菅野は東海大相模高(神奈川)時代、2年連続で夏の県大会決勝で敗れて甲子園出場はなし。東海大では昨年、全日本大学選手権と明治神宮大会でともに決勝で敗れている。誰もが認める圧倒的な実力がありながら、なぜか「あと一歩」で栄冠をつかめないのだ。早大から日本ハム入りした斎藤佑樹投手が5回6安打4失点という、さして目を見張るような投球内容でもないのに、今年の新人で一番乗りの勝ち投手になっているのを見ると「もしかして菅野って、佑ちゃんと違って『持っていない』人生なのでは」と思ってしまったりする。
 なかなか頂点にたどり着けないということについて以前、菅野に質問したことがある。「自分は大一番を何度も経験して強くなっている。今年は勝負の年。どこまで成長できるのか、自分自身に期待している」と明快な答えが返ってきた。
 その通りだと思う。日本一はおろか、甲子園など全国大会の出場経験がなくても一流になったプロ野球選手はたくさんいる。逸材が、悔しさを糧に成長していけばそれでいい。10月のドラフト会議が今から楽しみだ。

【写真】帝京大を相手にリーグ通算30勝目を完封で飾った菅野智之投手(2011年5月6日、東京・大田スタジアム、共同)

 

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 戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て共同通信に入社。大阪、福岡支社を経由して本社勤務の後、2度目の大阪から本社へ。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。2011年11月10日、死去。


2011年02月16日

楽しみな世界王者との再会 2階級制覇のナイスガイ、長谷川穂積  

 約2年半ぶりに東京本社に戻ってきた。前任地・大阪での一番の思い出は、世界ボクシング評議会(WBC)フェザー級チャンピオンの長谷川穂積との出会いだろう。センス抜群のボクサーは、強いだけでなく正真正銘のナイスガイである。
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 ある日のこと、酒の席で長谷川がわれわれ記者団に囲まれながら気勢を上げていた。恒例となっている、関西のボクシング担当記者が主催する長谷川の祝勝会でのことだ。私がいた当時はまだWBCバンタム級王者だった。

 祝勝会は気の合う仲間でワイワイやるような焼き肉店、居酒屋といったごく普通の店で行われる。バンタム級王座を10度防衛し、1階級飛び越えてフェザー級で2階級制覇した日本ボクシング史に残るような名王者でも、この席では年下だからとわれわれ記者にビールを注ぎ、皿に料理を取り分ける。チャンピオンはビールに軽く口をつける程度。でも、テンションは高いし試合後で減量の心配がないからか、食べ物を豪快に胃袋に収めていく。長谷川が2次会に来なかった記憶がないので、本人も楽しんでくれていたのだろうと思う。

 ちなみに私が初めて参加した時、隣に座っていた長谷川から突然「お小遣いをあげますよ」と千円札を何枚も差し出された。意味が分からないでいたら、「もう1枚、増やしましょうか」。関西人らしくユーモアのセンスも一流だ。私の尻のポケットから財布が落ち、それをこっそり拾った長谷川が冗談交じりに渡してくれたのだった。「財布の中、すごい札束だなと思ったら千円札ばっかりじゃないですか」とゲラゲラ笑っていた。

 

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戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て共同通信に入社。大阪、福岡支社を経由して本社勤務の後、2度目の大阪から本社へ。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。


2007年11月21日

本当にただの偶然です! 関東学院大ラグビー部事件と私  

BS-0145__-200711092134_M.jpeg 春口広監督の憔悴しきった表情を見て「こんなことがあるもんだなぁ」と思った。大学日本一6度の強豪、関東学院大のラグビー部員が大麻取締法違反の現行犯で逮捕されたのだ。ちなみに「こんなことが―」とはこんな重大な事件が起きてしまった、という意味だけではない。自身に降りかかった偶然に驚いてもいたのだ。

 関東大学リーグ戦グループは勝ち点で順位を決めており、勝ち4点、負け1点、棄権は0点となっている。勝ち点が並べば当該チームの対戦での勝者が上位となる。

 11月4日に関東学院大は開幕6連勝、2位の東海大は5勝1敗となった。両校とも24日にそれぞれ別の相手と最終戦を残しているが、関東学院大が敗れて東海大が勝って6勝1敗で並んでも、既に直接対決で勝っている関東学院大が上位になる。というわけで、現場では関東学院大フィフティーンが優勝決定だと歓喜の声を挙げていた。

 ここで気が付いた。勝ち点では関東学院大が24で東海大が21。最終戦を東海大が勝って25とし、関東学院大が何らかの理由で棄権すれば24のままだ。東海大が逆転するではないか。

 関東ラグビー協会に電話で確認する。「関東学院の優勝は決まったんですか?」「ハイ決まりました」。そこで前述の状況を説明すると「確かに…東海が逆転しますね」「優勝は決まってないのでは」「そう言われると、そうですね」

 

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戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て入社し大阪、福岡支社を経由して01年12月から本社勤務。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。


2007年08月01日

悔しい敗戦を乗り越え栄冠を! 「振り逃げ3ラン」で敗退の横浜高  

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 30年近く高校野球を見ているが、あんなプレーは初めて見た。7月28日の横浜スタジアム、高校野球の神奈川大会準決勝 横浜―東海大相模戦の四回に「振り逃げスリーラン」という前代未聞のプレーが起きた。

 既にスポーツ新聞などで大々的に報じられており、ご存じの方も多いと思う。神奈川の高校野球熱はすさまじく、好カードで土曜、好天に恵まれたこともあり、球場は外野席まで立ち見でぎっしりの超満員だった。実に3万人が見守る中で、この出来事が起きた。

 

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戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て入社し大阪、福岡支社を経由して01年12月から本社勤務。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。


2007年04月25日

選抜で輝いた帝京の杉谷兄弟 父はボクシングの元日本王者  

 by 戸田 康文

 選抜高校野球大会に出張で行ってきた。東京本社勤務なので、主に東日本の学校を担当する。ベスト4に入った帝京の杉谷翔貴、杉谷拳士の1年違いの兄弟を取材するのが感慨深かった。

 既に新聞各紙で何度も報じられ、ご存じの方も多いと思うが、彼らの父は元ボクサーで、世界挑戦を経験した実績もある元日本フェザー級王者の杉谷満さん。なるほど、拳士なんて名前はいかにもボクサーの息子だ。

 

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戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て入社し大阪、福岡支社を経由して01年12月から本社勤務。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。


2007年02月14日

追い続けたい川嶋の戦い 想像できない世界の頂点  

 数あるスポーツ取材の中でも、ボクシングには特別な思い入れがある。子どものころから大のボクシングファンで、お気に入りの選手の世界タイトルマッチともなると、自分が戦うわけでもないのに試合前は緊張し、テレビの前で正座しながら応援したものだ。幸運にもリングサイドの記者席で観る立場になったが、あのころの純粋な気持ちだけは忘れずに持ち続けようと思っている。

 1月3日。元世界スーパーフライ級王者で挑戦者の川嶋勝重(大橋)が王者のクリスチャン・ミハレス(メキシコ)との再戦に10回TKOで敗れ王座復帰に失敗した。いつも日本人ボクサーが負けると残念な気持ちになるが、今回は特にそれが強かった。

 ▽川嶋と同じジムで練習

 

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戸田 康文(とだ・やすふみ)1971年横浜市生まれ。神奈川・桜丘高―明大を経て入社し大阪、福岡支社を経由して01年12月から本社勤務。担当はボクシングのほかアマチュア野球、ラグビーなど。