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スポーツリレーコラム

2015年06月03日

マーケティング用語飛び交う相撲協会 人気回復の裏に戦略あり  

日本相撲協会のファンサービス企画で赤ちゃんを抱っこする横綱白鵬(2014年12月25日、共同) 「タッチポイント」「カニバリゼーション」「バンドワゴン効果」「キャズム」―。スポーツの現場ではなじみの薄い単語の数々。すべてマーケティング用語なのだが、これらが飛び交っているのが日本相撲協会の事務所である。5月24日終了の夏場所は19年ぶりに15日間を通して大入りになるなど、大相撲の人気回復が加速している。日本人横綱も誕生せず、優勝はモンゴル勢ばかり。「何でこんなにお客さんが入っているか、正直分からない」と驚く親方衆もいると聞くが、きちんと理由が分かっている人たちもいる。

 大相撲の中心にあるのはもちろん、力士たちが命懸けで闘う土俵だ。白熱した攻防は見ている人の心を打ち、館内は拍手や声援に包まれるが、2010年の野球賭博問題、11年の八百長問題と前代未聞の不祥事が続いてイメージダウン。客足は大きく遠のいた。

 一部の職員らは立て直しに向け、マーケティング理論を取り入れた。その一環で来場者へのアンケートで相撲界への要望を尋ねたり、スポーツ観戦の動向を研究したりして策を練った。その結果、相撲界に必要なのは、世間への多角的な働き掛け(タッチポイント)で親近感を熟成させ、観戦へのきっかけをつくることだと導き出した。短文投稿サイトのツイッターや無料通信アプリ「LINE(ライン)」による情報発信、力士に子どもを抱いてもらったり、親方と記念撮影できたりする特典付き入場券の販売など多岐にわたった。ターゲットに向けて適切なファンサービスを提案したことが受け、客層の新規開拓に成功。ある女性職員は「お客様を奪い合うカニバリ(ゼーション)を起こさないように、企画を考えていかないといけません」と説明する。

 

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 高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。14年12月からデスク。


2014年03月05日

「すがすがしい」に込めた思い 大相撲と重なった冬季五輪  

ソチ五輪女子モーグル決勝3回目を滑り終えた上村愛子は泣いたが、応援の仲間には“感激の涙”であることをアピールした(2014年2月8日、共同) ソチ冬季五輪の日本勢は海外開催では最多となる8個のメダルを獲得し、国内は大いに盛り上がった。東京本社でスキーを中心に受信業務に携わり、頭の中で大相撲とリンクする出来事が多々あった。

 出だしのヤマ場は、フリースタイルスキーの女子モーグルだった。5大会連続で五輪に出場した上村愛子が悲願のメダル獲得に挑戦した。今季前までは、同じ所属の後輩、伊藤みきへの期待度の方が大きかった。ふたを開けてみると、けがで棄権した伊藤に対し、34歳の上村は予選を通過。3段階に分けられた決勝では1回目に9位となり、2回目には6番目の成績で、上位6人による3回目に残った。メダルを懸けて最初に滑った上村は、難コースに負けない直線的なターンでコブを攻め、迫力満点にゴールした。滑りに満足したのか、レース後は涙を流した。あとに滑った3人に抜かれて、またしても4位とメダルには届かなかったが、インタビューでは「とてもすがすがしい気持ち。五輪をすごくいい思い出で終われる」と笑みを浮かべた。

 現役に別れを告げる際、同じく「すがすがしい」という言葉を口にした力士がいる。相撲に詳しい方なら、すぐに思い出されるだろう。2003年初場所で引退した横綱貴乃花だ。若貴ブームで一時代を築き、故障を抱えながら並々ならぬ情熱で土俵を務め上げた。同年1月20日の引退会見で心境を問われ「非常にすがすがしい気分。心の底から納得している」と、肩の荷が下りたような表情で話した。人一倍の鍛錬を積む一方、「勝負師として、努力することは当たり前のこと。だから人前で『頑張ります』なんて言えない」というストイックな姿勢で22度の優勝を重ねた。雪に覆われたゲレンデと、土でつくられた土俵。舞台は違うが、ひた向きに競技へ取り組んだ人たちだからこそ、到達できる境地があることを教えてもらった。

 

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 高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。


2013年07月03日

相撲取材で海外情勢を学習 母国を思う気持ちは万国共通  

琴欧洲に敗れ、支度部屋で悔しそうな表情を見せる把瑠都(2012年3月21日、共同) 7月7日初日の大相撲名古屋場所(愛知県体育館)で、エジプト出身の大砂嵐が新十両に昇進した。アフリカ大陸出身者が力士となること自体が、長い角界史上初めてで、また一つ多国籍化が進んだことになる。外国から来た力士と話していると、母国のことがテーマになることが多々ある。現在の相撲担当記者は新聞の国際面にも注意を凝らして読むが、海外出身力士との会話ではナマの外国情勢を聞ける勉強の場でもある。

 度重なる膝のけがで、今場所平幕に転落した元大関把瑠都はエストニア出身。しこ名の通りバルト三国の一つで、2011年1月に欧州単一通貨ユーロを旧ソ連構成国として初めて導入した。それから約1年後、把瑠都は「物価が上がって経済が混乱し、みんな都会から田舎の方に引き揚げている。フィンランドみたいな大きな国だったらいいけど、ユーロにするのはちょっと早かったかもしれない」と神妙な面持ちで話した。それにしても、バルト海を挟んだ隣国の北欧フィンランドを“大きな国”と表現するのは、面積の小さいエストニア出身者ならではのことだろう。

 千賀ノ浦部屋の幕下力士にハンガリー出身の舛東欧という力士がいる。春場所中の3月中旬に母国が強い風雪に襲われた。現地からの報道によると、多くの乗用車やトラックが立ち往生し、数千人が車の中や近くの建物で夜を明かした。本人によると、ハンガリーでは意外にも、3月に雪が降ること自体が珍しい。有線電話しかなかったひと昔前と違い、今はインターネットなどを通して海外と容易にアクセスできるようになった。実家と連絡を取ったそうで「たまたまその日が祝日で、仕事に行く人が少なくて良かったみたい。風がすごくて一歩も外に出られないと言っていた。異常気象だけど地球は大丈夫かな」と心配していた。

 

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 高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。


2011年12月21日

「おしん横綱」が残したもの 思い起こした「我慢」の大切さ  

隆の里(右)は千秋楽の全勝対決で千代の富士を破り新横綱としての門出を飾った(1983年秋場所、共同) 大相撲九州場所の初日まで1週間を切った11月7日、鳴戸親方(元横綱隆の里)が亡くなった。週刊誌報道で暴行疑惑の渦中にあっただけに、衝撃は大きかった。現役時代、糖尿病に苦しみながらも食事療法で克服。筋力トレーニングなどで鍛えて30歳9カ月の遅咲きで横綱に昇進した。当時、流行したテレビドラマに由来する異名は「おしん横綱」。そんな親方の死去に触れ、最近は忘れられがちな「我慢」の大切さを考えさせられた。

 ▽若の里の休場

 九州場所では、先代親方が手塩にかけた稀勢の里が悲しみを乗り越え、念願の大関昇進を決めた。新大関は「ここまで来られたのは先代のおかげだと思っています。先代に言われたことを稽古場で毎日やってきたことが、結果につながったと思います」と感謝した。そのほかにも、先代の教えがしっかり伝わっていると思わせることがあった。稀勢の里の兄弟子、幕内若の里の途中休場だ。

 

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高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。


2011年10月05日

メンタル強化で悲願達成  大関琴奨菊にみる平常心の大切さ  

itou.misei.jpg 9月に開催された大相撲秋場所後、琴奨菊が大関昇進を決めた。名古屋場所で逃した悲願を今回ものにした要因は、本人が「どういう状況でも冷静に入れた」と振り返るように、メンタル面の強化だった。折しも書店では、サッカー日本代表主将の長谷部誠が、日常生活で心がけていることをまとめた著書「心を整える」が好評で、精神状態についての世間一般の関心も高そうだ。大相撲だけでなく、さまざまな競技を取材した経験上、「自分はメンタル面がめちゃくちゃ強い」と胸を張るような選手、力士に出会った記憶はない。スポーツにおける精神面について考えてみた。

 ▽波を作らない日常

 琴奨菊がメンタル強化の必要性を痛感したのは7月の名古屋場所の失敗。白鵬を破って大関の座を目の前に手繰り寄せながら、プレッシャーに負けて終盤に平幕力士にまさかの2連敗を喫した。琴奨菊は「弱い部分を知ることができた。そこを強くしないと上がれないと思った」と明かす。場所後、イチローの著書などを読みあさり、心の持ち方を学んだ。その一環として、決まり事を意味する「ルーティン」を大事にした。例えば、出番前の支度部屋で同じ曲を聞いて自らを鼓舞したり、塩をまく前に大きく後ろに体を反らせたり。これで「毎日同じリズムでできた」と平常心の維持に役立ったと説明した。 また、取組後の雰囲気もかつてとは異なった。以前は強敵を破った際に「よっしゃー」とか「ほんま、よかったわー」などと大きく表情を緩ませ、負けたときには人が違ったようにうつむき加減になり声も小さかった。喜怒哀楽をそのまま表に出していたが、秋場所は勝ってもさほど大喜びせず「誰に勝っても同じ1勝ですから」「あしたも思い切りやるだけ」と淡々と話した。精神状態に過度の波を作ることを防ぐような言動の変化だった。

 

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高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。


2007年07月25日

世界を席巻する“コリアン・パワー” 女子ゴルフ躍進の背景  

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 「Lee」、「Park」、「Kim」―。海外でゴルフの取材をしていると、これらの単語によく出会う。それぞれ漢字に変換すると「李」、「朴」、「金」。世界の女子ゴルフ界を席巻している韓国勢の名前である。米女子ツアーへの登録選手数は米国以外では最多となる45人(日本は宮里藍と東尾理子だけ)。先のHSBC世界マッチプレー選手権で、宮里の米ツアー初優勝の夢を決勝で砕いたのも韓国の李宣和だった。そんな一大勢力の実情は、日本勢と異なる点が多々ある。

 ▽コリアン・パワー
 韓国は上下関係に厳しいお国柄とされる。年上の選手を尊敬の念を込めて「姉さん」と呼び合っている。韓国出身の両親を持つ〝天才少女〟ミシェル・ウィー(米国)でさえ、韓国選手を見かけると180センチを超える長身でおじぎをしながら「アニョハセヨ」と挨拶している。コースのクラブハウス近辺では選手や関係者らによるハングルでの会話がよく耳に飛び込んでくる。〝コリアン・パワー〟を感じる瞬間でもある。

 

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高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビー等を担当した後、03年からゴルフ担当となり、宮里藍やミシェル・ウィーを取材。07年からは大相撲担当も兼ねる。


2007年04月18日

人々魅了するゴルフの祭典 最高の舞台作りに強い意志  

 by 高村 收

 まぶしいほどに鮮やかな緑の芝に、そこに咲き誇る美しい花々。世界最高峰の舞台といえるゴルフのマスターズ・トーナメントが今年も終わった。毎朝、早起きしてテレビ中継にかじりついたファンも多いのではないか。昨年まで取材のため、3年連続で米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCを訪れた。テレビ画面からだけでは伝わらないマスターズの姿がある。

 ▽独特のにおい

 

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高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビー等を担当した後、03年からゴルフ担当となり、宮里藍やミシェル・ウィーを取材。07年からは大相撲担当も兼ねる。


2007年01月10日

シード落ち選手に救済策 垣間見た男子ゴルフの危うさ  

 年が明け、去年までは存在した働き場が大幅に減るというのはどんな気分だろう。もし自分が、と考えると背筋が寒くなる。それを勇気を持って選択したプロゴルフ選手がいる。昨季、日本ゴルフツアー選手会長だった横田真一だ。この件に関し、昨年11月末から12月初頭にかけて、ちょっとした騒動となった。横田の英断に拍手を送る一方で、人気衰退の続く国内男子ツアーの危うさを垣間見た。

 ▽出場資格承認に違和感

 プロゴルファーにとってツアーへの出場資格を意味するシード権は、予選会で上位に入って優先出場権を手にできる方法があるとはいえ、生活とプライドが懸かった大きな問題である。ことの発端はシーズン終盤のカシオ・ワールドオープン。横田はこの試合で、今季賞金ランキングで70位以内を確保できず、シード落ちが決まった。しかし男子ツアーを統括する日本ゴルフツアー機構(JGTO)は選手会長としての功績を考慮。大会前の理事会でツアーに大きく貢献した選手を対象とした新しい出場資格を承認し、早速、横田への適用を打ち出したのだ。結果的に横田はこれを断った。その後の予選会でも振るわず今年は一から出直すことになった。それにしてもJGTOの打ち出した方針は唐突で、内容にも違和感を感じざるを得なかった。

 

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高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビー等を担当した後、03年からゴルフ担当となり、宮里藍やミシェル・ウィーを取材。07年からは大相撲担当も兼ねる。