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スポーツリレーコラム

2016年06月29日

十分とはいえないサポート態勢 東京大会へ、結果求められるパラリンピック  

リオ・パラリンピック代表選考会を兼ねた春季静岡記録会で、好記録に笑顔を見せる木村敬一選手=静岡県富士水泳場(2016年3月、共同) リオデジャネイロ五輪・パラリンピックの開幕が近づき、各競技に向けられる視線も熱を帯びてきた。このビッグイベントが終われば、いよいよ2020年東京五輪・パラリンピックへのカウントダウンが始まる。多くの日本人が4年後の東京の情景に思いを馳せながら、南米初の五輪・パラリンピックの行く末を見守るのだろう。

 今回、パラリンピックの取材を担当していて、障害者スポーツの認知度向上や環境改善の起爆剤にしようと、関係者は東京大会に大きな期待を抱いているのが分かる。

 14年度にパラリンピックの所管が厚生労働省から文部科学省へ移管され、選手の強化拠点の共用など五輪と一体的な選手強化が進む。民間の関心も徐々に高まっている。大手企業が有力選手のスポンサーにつき、練習中心の生活を送るプロのような契約を結ぶ選手も増えてきた。自ら道を切り開いてきた第一人者、車いすテニス男子の国枝慎吾(ユニクロ)や、競泳男子の木村敬一(東京ガス)、車いすラグビーのエース池崎大輔(アディダスジャパン)らがいい例だ。各競技の大会に協賛するケースも珍しくなくなった。

 

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 村形 勘樹(むらかた・かんじゅ)1983年生まれ。山形県出身。全国紙の広島勤務で警察や裁判所を3年担当。2012年に共同通信に入社し、札幌支社を経て15年5月に運動部へ。現在はJOC、体協担当。パラリンピックのほかソフトボールやセーリングなどアマチュア競技を担当している。


2015年12月02日

福原に落とし穴 屈辱ばねに飛躍なるか  

準々決勝でペトリサ・ソルヤ(右)に敗れた福原愛=ゼビオアリーナ仙台(2015年10月31日、共同) 27歳の誕生日を祝うバースデーケーキを前に涙が止まらなかった。10月30日から11月1日まで仙台市で開催された卓球の女子ワールドカップ(W杯)での一幕。関係者の“サプライズ”な計らいに福原愛(ANA)は目を丸くして驚いたが、状況を飲み込むと満面の笑みもつかの間、押し寄せる悔しさを抑えることができなかった。

 仙台は生まれてから10歳までを過ごした故郷だ。7年ぶりの凱旋となり、多くの友人が会場のゼビオアリーナ仙台に応援に駆けつけた。ひときわ大きな声援を受け、並々ならぬ意気込みを抱いていた。リオデジャネイロ五輪まで1年を切り「成長した姿を少しでも多くの人に見せたい」と言葉には力が込もった。

 世界ランキング上位のため、10月31日の決勝トーナメントから登場した福原は1回戦でディナ・メシュレフ(エジプト)を4―1で難なく退けた。次の相手も格下のペトリサ・ソルヤ(ドイツ)で、開幕時に世界ランク2位の劉詩☆(雨カンムリに文の旧字体)(中国)との対戦が予想された準決勝が最初の山場だと思われた。予想通り2回戦もあっさりと3―0とした。だが、落とし穴が待っていた。

 

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 村形 勘樹(むらかた・かんじゅ)1983年生まれ。山形県出身。全国紙の広島勤務で警察や裁判所を3年担当。2012年に共同通信に入社し、札幌支社を経て15年5月に運動部へ。現在は重量挙げやセーリングなどのアマチュア競技を担当している。


2015年07月01日

スポーツの価値見直される 東京五輪に向け変わる時代  

2020年東京五輪の追加種目検討会議後、記者会見する御手洗富士夫座長(右)。左は大会組織委員会の武藤敏郎事務総長(2015年6月22日、共同) 東京のJR原宿駅から徒歩5分。1964年東京五輪の開催に合わせて建設され、現在も多くの競技の主要大会が行われる国立代々木競技場の向かいに、白い外観の古びた建物がある。岸記念体育会館。日本体協や日本オリンピック委員会、アマチュアの競技団体が事務局を置き、「日本スポーツの総本山」と呼ばれていた。昭和の香り漂うそのビルを5月、初めて訪れた。

 エントランスホールの壁に掛かる案内板に目を向ける。日本水泳連盟、日本体操協会、日本ソフトボール協会―。五輪や様々な国際大会で日本選手が活躍する度に耳にした名がずらりと並ぶ。文字通り国内スポーツの屋台骨を担う存在であることを実感した。

 階段を上がり、各階を見て回った。「想像よりもかなりみすぼらしいな」というのが正直な感想だった。薄暗い廊下には、段ボールがあちこちに積み重ねられている。ほとんどの団体はこぢんまりとしており、常駐している事務局員は数人。マイナー競技になると1、2人の所帯が普通だ。サッカーや野球などプロリーグを持つ一部の競技を除き、台所事情が苦しいとはぼんやりと知っていたが、実際に目の当たりにして見るとその「手弁当」感は予想以上だった。

 

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 村形勘樹(むらかた・かんじゅ)1983年生まれ。山形県出身。全国紙の広島勤務で警察や裁判所を3年担当。2012年に共同通信に入社し、札幌支社を経て15年5月に運動部へ。現在は重量挙げやセーリングなどのアマチュア競技を担当している。