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スポーツリレーコラム

2016年04月20日

世界との差大きい自由形 日本選手権で寂しい事態  

競泳日本選手権男子100メートル自由形決勝を終えた直後の(左から)小長谷研二、古賀淳也、塩浦慎理、中村克=東京辰巳国際水泳場(共同) リオデジャネイロ五輪の代表選考会を兼ねた競泳の日本選手権はこのほど閉幕し、代表34人が出そろった。競泳の花形種目で、最速を決める戦いといわれる100メートル自由形は、男女とも個人で派遣標準記録(代表になるためにクリアする必要があるタイム)を突破した選手はおらず、世界との差がまだ大きいことを再認識させられた。陸上の100メートルと同様の盛り上がりを見せる100メートル自由形には、今のところリオ五輪に出場する日本人選手はいない。今後の競技会の結果によっては、変わるかもしれないが、男子100メートル自由形はロンドン五輪に続く出場選手ゼロという寂しい事態になる可能性が高い。

 男子は世界との差が特に大きい。決勝では中村克(イトマン東進)が48秒25の日本記録をマークしたものの、世界記録にはまだ1秒以上も遅れている。100メートル自由形で1秒以上の差は、ほぼ体一つの差になる。いかにも遅い印象を与える。2020年東京五輪を控える日本は、この花形種目で遅れを取っている。世界のひのき舞台でメダル争いをするには、47秒台が最低条件だろう。東京五輪までの4年間で準決勝進出ラインが47秒台までレベルアップする可能性も十分あり得る。

 萩野公介(東洋大)は2014年アジア大会の200メートル自由形で、ロンドン五輪400メートル自由形の金メダリスト、孫楊(中国)を退けて優勝している。孫は身長が2メートル近い選手で、萩野は自由形で指摘されがちな体格によるハンディを克服したといえる。200メートルとはいえ、自由形でのポテンシャルを示した。最速を競う100メートルでも日本選手に期待することは決して見当違いではないと思う。

 

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 榎元 竜二(えのもと・りゅうじ)1979年生まれ。埼玉県出身。2002年共同通信入社。水戸支局や本社スポーツデータ部などを経て12年から大阪運動部。15年から本社運動部で水泳、サッカー、相撲などを担当。


2015年11月18日

リオは東京五輪へのステップ? 高校生スイマーが目標に設定  

全国高校総体・競泳の男子200メートル自由形で優勝し、心の底からの喜びを表現する淑徳巣鴨・吉田冬優(2015年8月18日、共同) ことしの高校総体を締めくくる、水泳の取材で京都市の京都アクアリーナを訪れた。今夏の世界選手権に出場した16歳の持田早智(千葉商大付高)を筆頭に2020年の東京五輪で脚光を浴びるような原石を自分なりに見つけられれば、という気持ちでレースをつぶさに観察した。

 記録は低調ながら、2冠や2連覇を達成する選手が続出し私自身の展望記事がおおよそ当たったことに胸をなで下ろした。表彰式後、ミックスゾーンで各選手に話を聞いていると「来年のリオデジャネイロ五輪に出たい」と、さらっと話す高校生スイマーの多さに驚かされた。前出の持田のよう選手ならば、現実的な目標として設定していても不思議はない。しかし、ナショナルチーム入りの経験がない男子100、200メートル由形を制した吉田冬優(東京・淑徳巣鴨高)や同200メートル個人メドレーを制した溝畑樹蘭(兵庫・報徳学園)らが口にした時は「本当に?」と失礼ながら思ってしまった。

 女子の場合は男子選手よりもピークが早く訪れる傾向があるため、高校生スイマーが五輪出場権を獲得することは珍しくない。1992年のバルセロナ五輪では、当時中学2年の岩崎恭子が金メダルを獲得した。しかし、男子の場合は高校生で五輪代表に食い込むのは並大抵のことではない。確かに日本競泳界のエース、萩野公介(東洋大)は前回のロンドン五輪に高校3年で出場し、400メートル個人メドレーで銅メダルに輝いた。男子平泳ぎで2大会連続2冠の北島康介(日本コカ・コーラ)も高校生3年時にはシドニー五輪で100メートル4位の成績を残しているが、別格と言わざるを得ないだろう。私見だが、男子が16~18歳で代表入りするには劇的な成長が必要だと思っている。

 

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 榎元竜二(えのもと・りゅうじ)1979年生まれ。埼玉県出身。2002年共同通信入社。水戸支局や本社スポーツデータ部などを経て12年から大阪運動部。15年から本社運動部でサッカー、相撲、水泳などを担当。


2014年12月24日

サッカー3冠・G大阪で圧倒的な存在感 22歳のFW宇佐美貴史  

天皇杯決勝の山形戦前半で先制ゴールを決め、お得意のポーズで走り出すG大阪・宇佐美(2014年12月13日、共同) 今季の国内サッカーはJ2から復帰したばかりのG大阪が、タイトルを総なめにする3冠の快挙を達成して幕を閉じた。2005年にJ1初優勝、08年にはアジア・チャンピオンズリーグを制覇した「西の横綱」が、2年前のJ2降格のどん底から鮮やかな復権を果たした。チームをよみがえらせた長谷川健太監督の手腕、日本代表の遠藤保仁の落ち着き払ったプレーにも目を見張ったが、今季から担当となった私を引きつけたのは圧倒的な存在感を見せた22歳のFW、宇佐美貴史だった。

 G大阪の下部組織で育ち、「ガンバの至宝」と称される宇佐美は17歳でJ1にデビューし、19歳でドイツの名門バイエルン・ミュンヘンへ期限付き移籍した。ドイツでは高い壁にはね返されて2年で挑戦を終え、昨季G大阪に復帰したが、やはり日本での輝きは別格だった。シーズン途中の里帰りながら、J2の18試合で19得点を挙げ、チームのJ1昇格に大きく貢献した。

 試合前の選手紹介では、サポーターから最も大きな声援が送られる。反対に敵のファンからはひときわ大きなブーイング。ボールが渡ると、サポーターからはどよめきと歓声が一気に上がる。敵のファンは一瞬静まり、ゴールを決められて悲鳴を上げる。私自身も、彼がボールを持つと「何かをやってくれる」と、わくわくした。ゴールを最も予感させる瞬間だった。一瞬で相手を置き去りにするスピードに乗ったドリブル、そこから放つ正確で強烈なシュート。「俺に攻撃でできないことはない」と豪語する通り、時には中盤まで下がってボールをもらい、2トップを組むパトリックに正確なクロスやパスを供給する場面も何度も見せた。決定力抜群のストライカーながら、ゲームメークする能力を併せ持つ攻撃のスペシャリストだ。

 

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 榎元竜二(えのもと・りゅうじ)1979年生まれ。埼玉県出身。2002年共同通信入社。名古屋、岐阜、水戸の支社局と本社スポーツデータ部を経て12年から大阪運動部。サッカー、相撲、ゴルフなどを担当。