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スポーツリレーコラム

2016年10月26日

日本女子オープンで高校3年の畑岡が優勝 女子ゴルフで10代アマチュア躍進  

ゴルフの日本女子オープン選手権で最年少のアマチュア初優勝、トロフィーを手に笑顔の畑岡奈紗=栃木県の烏山城CC 10月2日まで行われた女子ゴルファー日本一を争う日本女子オープン選手権(栃木県烏山城CC)で、高校3年の畑岡奈紗(茨城・ルネサンス高)が史上初めてのアマチュア優勝の快挙を成し遂げ、宮里藍が持っていた20歳の大会最年少優勝記録を大幅に塗り替えた。この大会では第3日まで首位だった15歳の長野未祈(千葉・麗沢高)が10位に入り、6位の西村優菜(大阪・大商大高)と合わせトップ10に10代のアマチュアが3人と若手の躍進が目立った。

 その翌週のスタンレー・レディース(静岡県東名CC)でも、プロ転向を決めてアマチュア最後の試合となった畑岡と鹿児島高3年の勝みなみが終盤まで優勝争いを繰り広げ、連日のように新聞各紙の紙面をにぎわせた。近年はイ・ボミ(韓国)やテレサ・ルー(台湾)ら海外勢に押されている日本の女子ツアーにとっては久々に明るい話題となったが、アマチュアや海外選手に敗れたことで「日本の女子プロはどうなっているんだ」という話も出てくる。宿舎からコースに移動する際に利用したタクシーの運転手から言われたり、会場でもたびたびギャラリーからのつぶやきが聞こえてきたりした。

 その中でも、一番話題となったのが日本女子オープンで1打差の2位だった堀琴音の一打だった。490ヤードと女子では距離の長いパー4の17番は、グリーンの手前に池がある難しいホールだったが、堀はフェアウエーからの第2打でグリーンを狙わずに刻み、3打目で寄せきれずボギーをたたいた。直前にアマの畑岡がフェアウエーウッドでフルスイングしてグリーンを捉え、パーを奪っていたのとは対照的で、このボギーで落とした1打の差で敗れただけに印象深かった。

 

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 杉山 勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部を経て、広島支局で主に広島カープを取材、12年末から本社運動部でゴルフ、ラグビーなどを担当。


2016年04月13日

松山の躍進に胸中複雑 腰痛で欠場の石川遼  

腰痛でツアーを欠場している男子ゴルフの石川遼(共同) 2016年の「ゴルフの祭典」マスターズ・トーナメントで日本男子初のメジャー制覇を目指した松山英樹は最終日まで優勝争いを演じたが、7位に終わった。それでも昨年の5位に続く1桁順位、2年続けて1桁順位だったのは日本選手で初めて。日本から唯一出場して奮闘した松山に、熱い声援を送ったひとりに「同学年のライバル」石川遼がいた。米ツアーで既に初勝利を挙げるなど躍進著しい松山に、すっかりリードを許している。2月から腰を痛めて米ツアーから戦線離脱し、悶々としているはずだけにその胸中には複雑なものがあったと思う。

 自身の公式サイトで「マスターズ最終日、ワクワクというよりゾクゾクする。英樹頑張れ!」とエールを送った。「20歳でマスターズ優勝」という夢を描いていた石川にとって、米ツアーでともにプレーする松山がオーガスタの大舞台でスピース、マキロイらとしのぎを削る姿はまぶしく映った一方、悔しさもあったはずだ。

 石川は米ツアーの合間に出場した昨年の日本ツアー7戦で2勝。日本勢で唯一の複数勝利をマークするなど、国内では実力の高さを示した。だが、米ツアーでは腰痛で休むまでの6戦で最高が35位で予選落ちが3度と今季も苦しい戦いを強いられている。さまざまな工夫もしている。「重いクラブを同じヘッドスピードで振れれば、それだけ飛距離は出ると思う」と、昨年秋からドライバーはクラブのシャフトを重くして距離の長い米ツアーのコース攻略を図っていた。だが体への負担が大きくなって今回の故障の一因となった。歯車のかみ合わない状況が続いている。

 

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 杉山 勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部を経て、広島支局で主に広島カープを取材、12年末から本社運動部でゴルフ、ラグビーなどを担当。


2015年11月04日

スーパースター不在の日本オープン 松山、石川は米ツアー優先  

日本オープンで初優勝を果たし、前回覇者の池田雄太(左)からチャンピオンブレザーを着せてもらう小平智。2人のデッドヒートは見ごたえがあったが、松山英樹、石川遼の不在にアダム・スコットは残念そうな感想を口にした(2015年10月18日、共同) 第80回日本オープンゴルフ選手権は10月15日から4日間、神戸市の六甲国際GCで熱戦が繰り広げられ、池田勇太とのデッドヒートを制した26歳の小平智が初の栄冠を手にして幕を閉じた。今季の「国内メジャー」はこれまで男女とも外国人選手が総なめしてきただけに、ようやく日本勢が意地を見せた格好だ。

 第1ラウンドから各選手が質の高いプレーを披露し、試合展開も非常に面白いものだったが、ギャラリーの入りは鈍かった。大会期間中の総観客数は2万1668人で、翌週に同じ兵庫県で行われた女子のNOBUTAグループ・マスターズGCレディースの2万2076人より少なかった。日本一のゴルファーを決めるビッグタイトルが観客動員数で平場の試合に負けたのである。元世界ランキング1位で2013年のマスターズ・トーナメント王者のアダム・スコット(オーストラリア)の参戦が集客にプラスに働いたのは間違いないが、やはり日本のスター選手不在が大きく響いたと言える。

 日本オープンが開催されるのとちょうど同じタイミングで、米ツアーの開幕戦、フライズコム・オープンが行われた。松山英樹、石川遼、今季から米ツアーメンバーとなった岩田寛はこちらの出場を優先した。世界のトップを目指す選手にとって、当然と言えば当然の選択だ。米ツアーの開幕が年初から秋に変わり3季目。年内は欠場する強豪選手が多く、この時期はポイントを稼ぐチャンス。2季前の石川は2戦目で2位に入り、早い段階でシードを確保。だが、昨季はなかなか上位に入れず、最後まで苦しんだ。

 

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 杉山 勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、広島支局で主に広島カープを取材、12年末から本社運動部でゴルフ、ラグビーなどを担当。


2014年01月15日

伝統校の意地 ライスボウル、関学大OBたちの連係プレー  

第2クオーター、関学大・QB斎藤(左)をサックするオービック・中田(2014年1月3日、共同) 2020年の夏季五輪が東京での開催に決まったことで沸きに沸いた2013年から、年が明けて早々の1月3日早朝だった。東京・JR有楽町駅近くの建物で火災が起きた。この影響で東海道新幹線が正午前までの約5時間余りにわたり、ほぼ全線で運転を見合わせた。年始のUターンラッシュとも重なり、各地の新幹線の駅は足止めされた乗客でごった返した。年始の試合を控えたスポーツ選手も同様に巻き込まれた。


 テレビで火災が起きているのを見て「大変なことになっているな」と思いながら、アメリカンフットボールの日本選手権「ライスボウル」の取材に東京ドームに向かった。試合自体は社会人代表のオービックが学生代表の関学大に快勝したわけだが、関学大側を取材した先輩記者から「関学大はスタッフや関係者約80人が火事の影響で試合に間に合わなかったみたいだよ」と聞いて驚いた。乗っていた新幹線が名古屋駅でストップし、全員が会場に到着したのは試合の後半部分から。間に合わなかった人の代役は日本協会の許可を得て応援に来ていたOBが担ったという。


 鳥内監督や選手はこのことを敗戦の大きな要因とはしなかったようだが、ベストの状態で大一番に臨めなかった関学大にとっては不運としか言いようがない。主力選手らは前日入りをしていたとはいえ、普段通り試合に臨めないことでの動揺や不安は少なからずあっただろう。

 

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 杉山勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、広島支局で主にカープを取材、12年末から本社運動部でゴルフ、ラグビーなどを担当。


2013年05月15日

WBCで得た自信 真の日本のエースへ、前田健太  

「Japan」のエースとして準決勝のプエルトリコ戦に先発し力投した前田健太(2013年3月18日、サンフランシスコ、共同) 日本が3連覇を逃したワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、今までになかった大きな武器を手に入れた投手がいた。広島のエース、前田健太だ。「WBCのマウンドを経験して、いっぱいいっぱいになることもなくなったし、余裕もできた。それなりに結果が出て、自信がついた」と昨季までとの違いを口にした。24歳の右腕は今までになかった確固たる「自信」を胸に、ペナントレースで例年と比較しても抜群の安定感を見せた。5月14日現在、6試合を投げて4勝1敗、防御率は両リーグトップの0・64を誇る。

 負い目をこぼしたことがある。「自分はプロに入ってから日本シリーズやクライマックスシリーズみたいな舞台で投げたことがない。そういう舞台で投げてみたい」。2010年に投手の主要3冠に輝き、沢村賞も獲得したが、チームは開幕から下位に低迷した。早々に上位に大きく引き離され、事実上の消化試合でタイトルを目指して投げるしかなかった。最優秀防御率に輝き、最多勝を最後まで争った昨季も、14勝のうちDeNA相手が6勝あった。「最下位を相手に白星を稼いだ」という世間の声もあるなど、結果ほど周囲からの評価は芳しくなかった。

 

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 杉山勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、10年末から広島支局で主にカープ担当。


2012年09月26日

名所に新たなプレート 左腕・河内貴哉が再び表舞台に  

「球団新記録 2903試合ぶりの勝利 河内貴哉」と記された記念のプレートを前にうれしそうな河内(9月8日、杉山勝則撮影) 9月8日、プロ野球広島の本拠地マツダスタジアムの名所となりつつある外野指定席レフト後方壁面に、新たに記念のプレートが設置された。前田健が4月に達成したノーヒットノーランや米大リーグでも話題になった赤松の“スパイダーマンキャッチ”など、世間の注目を浴びた記録やプレーに並べて加えられたのは、河内貴哉が8月16日のヤクルト戦で救援して挙げた白星のプレートだった。単なる1勝ではない。2004年9月4日の中日戦以来、プロ野球では異例の約8年ぶりの勝利だった。このプレート設置に立ち会った河内は「本当にうれしい。光栄」と子どものような笑顔を見せた。

 河内は東京・国学院久我山高から2000年にドラフト1位で広島に入団した。速球派の超高校級左腕として、近鉄、中日との3球団競合の末、抽選で当時の達川監督が引き当てた。ちなみに、喜んだ達川監督が胸元からたばこのラッキーストライクを取り出してテレビカメラに向かってアピールしたが、たばこということもあり球団にクレームの電話が殺到した一幕もあった。河内は1年目にプロ初勝利を挙げ、04年にはオールスターにも出場を果たすなど期待に応える活躍を見せたが、以降は不振や度重なる故障で白星から遠ざかった。

 上手投げから横手投げに投球フォームを根本から変えたり、タイミングを微妙にずらしたりするなど試行錯誤したが好結果にはつながらなかった。08年には痛めていた左肩を手術し、09年のオフには戦力外通告を受けた。復活を期待した球団から育成選手として契約を結んでもらったが、表舞台に姿を見せることはなくなった。

 

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杉山勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、10年末から広島支局で主にカープ担当。