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スポーツリレーコラム

2015年04月01日

野球は縦社会、サッカーは「君」付けも 表れる競技の特性の違い  

超満員の観衆が見守る中で投手と打者が対決し試合は動いていく。息詰まるような瞬間の積み重ねが野球ファンにはたまらない魅力となる。広島vsヤクルトの開幕戦から(2015年3月27日、共同) 昨年12月からプロ野球のオリックスを担当している。これまでサッカーのJ1、J2や陸上を担当してきた私にとってプロ野球は未知の世界だ。中学生の時に巨人の試合をテレビで時々見るくらいで、真剣に見るようになったのは入社してスコアをつける勉強をするようになってからだった。これまでは複数の競技を同時に担当してきたが、プロ野球は遠征にも同行するなど、1年間つきっきりで
 取材できる。やってみて感じるのは、大学までサッカーをしていた身としては、野球の世界は独特で雰囲気が全く違うということだ。

 これまで高校、大学、社会人と各世代の野球を取材したが、どの年代の組織にも揺るぎない縦社会が存在していた。先輩と後輩の関係や役割ははっきりしている。プロ野球の場合は入団した年ではなく、年功序列の世界だ。より若い選手が雑用をし、先輩にも気を使う。、反対に食事に行けば先輩が後輩の分を払うのが当然だ。一方のサッカーは、取材して驚いたのが、年上の選手に対しても若い選手が名前に「君」を付けて呼ぶことだった。もちろんベテランや年齢がかなり離れている人には「さん」を付けているが、野球に比べて上下関係はさほど厳しくなく映る。なぜなのか。それは競技の特性の違いだと考えている。

 野球は団体競技とはいえ、突き詰めて言えば、投手対打者の戦いの連続で勝敗を決める。また、守備位置も決まっていて、自由に動くわけではなく、局面ごとにセオリーがある。9人が一体となり、投手と打者とのひとつひとつの勝負を積み上げて勝つには、キャンプで段階を踏みながら必要とされる動きを体に染みこませていく。そして、実戦では正しい判断ができるようにしていく。多くの決まり事の下で行動する組織を束ねるには、やはり規律が必要だ。上下関係をはっきりさせることで組織として統率が取れるのではないか。

 

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 星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。14年12月からプロ野球オリックス担当。東京都出身。


2014年09月10日

リーダー川澄奈穂美の覚悟 蘇るかINAC神戸  

INAC神戸に復帰し練習に合流した川澄奈穂美(中央)(2014年9月3日、共同) サッカー女子のプレナスなでしこリーグ、INAC神戸の取材を始めて約3年。チームは日本代表「なでしこジャパン」のメンバーを多く擁し、昨年はリーグ3連覇を含むタイトル4つを総なめにした。まさに無敵の女王だったが、今年は苦戦を強いられている。優勝に貢献した韓国代表の池笑然、DF近賀ゆかり両選手はイングランドへ行き、点取り屋のゴーベルヤネズは米プロリーグのNWSLへ期限付き移籍。
 そして一番の打撃は主将だった川澄奈穂美選手のNWSL移籍だった。プレー、精神両面でチームを引っ張ってきた存在が抜けた影響は今季のリーグ戦の結果を見れば分かるが、約5カ月の海外挑戦を終え9月3日にINAC神戸の練習場に現れた彼女を見て、その存在の大きさを改めて実感した。
 2011年の女子ワールドカップ(W杯)で優勝に貢献してから日本代表では主力として戦う川澄選手。神戸で取材していていつも思うこと。それはとにかく「強い」。サッカーでも圧倒的な身体能力と運動量を誇り、小柄な体ながら鍛え上げられていて当たり負けしない。日々のトレーニングでの努力を怠らず、自らを追い込むことを全く辞さない。また、代表に合流するため海外から長時間かけて移動をしても、次の日から2部練習を当たり前のようにこなす。疲れた様子は一切なく「飛行機で爆睡したので」と、にっこり笑ってみせる強靱な肉体の持ち主だ。そして何よりもメンタル面が強く、日頃取材をしていて最も感心させられる点だ。いつ話していても言葉に迷いが一切なく、勝っても負けても浮かれるところも落ち込むところも見せない。
 昨年は主将としてシーズン前に4冠を掲げ、一つ一つタイトルを取っていっても「私たちの目標は4冠なので」と慢心せずに突き進み、宣言通りの成績を残した。途中、試合内容が良くなくても結果がついてくるという事態が続き、理想のサッカーができていないと強い危機感を抱く者と一方で現状に満足する者が混在。足並みがそろわない時期もあったが、すべて乗り越えて優勝へとけん引した。
 その川澄選手が米国に旅立ち、INAC神戸は開幕からいきなり4年ぶりの2連敗を喫した。昨年途中まで48戦負けなしだった常勝軍団の苦戦はクラブにとってもある程度想定内だったが、10チーム中6チームが進出する上位リーグへ5位で辛うじて通過。4連覇に向けて追いかける厳しい状況となった。高瀬愛実主将や澤穂希選手らは思うようなプレーができない若手に対してお手上げ状態で、澤選手は「サッカーをやっていてここまで負けたことがない。何をどうすればいいのか正直分からない」とまで言った。
 そんな窮地に、米国で一回り成長した川澄選手が戻ってきた。空気の重さを感じたのか、早速練習初日から大声でチームメートを叱り、同じ右サイドでプレーするDFの新人選手とじっくり話し込むなどして練習に緊張感をもたらした。昨年まではそのようなことはしていなかったが「ことしのチームは難しい。引っ張って行かないといけない」とチームの浮上のために力を尽くす覚悟でいる彼女を見て、確固たる思いを感じた。
 7日の国内復帰初戦は早速ゴールを決めたが、チームは4失点を喫して6位に転落。4連覇への道は一層険しくなった。苦境の中で、成熟した川澄選手がどのようにチームを再起させるのか。その過程を見守りながら勝利へとつながる日を待ち望んでいる。


【写真】INAC神戸に復帰し練習に合流した川澄奈穂美(中央)(2014年9月3日、共同)

 

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 星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。1986年生まれ。東京都出身。


2013年12月11日

中立の立場で取材… 京都サンガをフォロー  

J1復帰の夢を逃し、ぼうぜんとする京都イレブン(2013年12月8日、共同) 中立の立場で物事を見て、感情移入せずに客観的に記事を書く。入社する前は記者に対してそんな理想像を持っていた。入社して間もなくして現実はそうではないと気づかされたが、4年目の今でもその理想と現実の葛藤が続いている。


 8日、東京・国立競技場で行われたJ1昇格の最後の一枠を争うプレーオフ決勝。担当して3年になる京都が念願のJ1復帰まであと一歩のところまで来た。会場入りし、2012年1月1日の天皇杯決勝をふと思い出した。リーグ戦で苦戦したチームが天皇杯で快進撃し、J1チームも退けて決勝の舞台に立った。凍えるような寒さの中、選手は力を出し切ったが、FC東京に敗れて準優勝に終わった。試合後の選手の悔しそうな表情や言葉の記憶が一気に蘇ってきた。


 京都は昨年のリーグ終盤で失速し、自力での昇格を逃して3位だった。初実施のプレーオフでは6位の大分に0―4と大敗し、シーズンを屈辱的な形で終えた。ことしこそは勝って終わりたい、昇格したいという選手の強い思いは事前の取材でも痛いほど伝わってきた。だからなのか、試合開始の時間が刻々と迫り、私まで変な緊張を感じてずっと会場をうろうろした。以前上司から「取材対象に思い入れが強すぎると原稿が書けなくなる」と言われたことがある。感情移入してしまうと冷静に何を書かなければいけないのかの判断ができなくなるためで、入社して1、2年の時はよくあった。その言葉を頭で分かっていても、今回は平静を保てなかった。正直に認めるが、ことしこそは京都がJ1に行ってほしいと切に願っていた自分がいた。

 

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 星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。1986年生まれ。東京都出身。


2013年04月10日

高校野球熱、解消された疑問 青春、試合できる喜び  

甲子園夢の初勝利 いわき海星に勝ち応援席に向かって駆け出す遠軽ナイン(2013年3月23日、共同)

 第85回選抜高校野球大会が4月3日、兵庫県西宮市の甲子園球場で閉幕した。1日で記者4年目に突入し、大阪に来てから夏を含めて5度目の高校野球取材となった。学生時代にプロ野球をテレビで見ていたものの、高校野球はほとんどじっくり見た記憶がなく、地元東京の日大三が勝ち進むのを新聞で見て喜ぶくらいだった。幼少のころ米国にいたためなのか、それとも中高6年間を女子校で過ごしたからかわからないが、高校野球熱というのがどうも理解できなかった。入社してからもどうして高校生の大会を毎日取材するのか、どうしてプロスポーツよりも高校生の記事が大きく載るのか疑問を感じたのを覚えている。それが自分なりに解消できたのは、選手を取材するようになってからだった。

 大会数日前に各校が行う30分間の甲子園練習。21世紀枠や初出場校の選手たちが夢にまで見た場所にようやく足を踏み入れた時、独特の緊張感と高揚感がわれわれ記者にも伝わってくる。まだかまだかと緊張しながらサイレンの音を待ち、いざグラウンドへ駆けだすと、息を切らしながら必死に白球を追う。まさに「青春」。26歳の私は、高校生の初々しさとひたむきな姿を見ると、自分ももっと努力しなければと毎回気が引き締まる。

 

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星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。1986年生まれ。東京都出身。


2012年07月11日

二人三脚で再び世界へ マラソン・佐藤敦之選手の妻、美保さん  

夫の敦之選手を支え続ける元アスリートの美保さん(左)(6月23日、星田裕美子撮影) 6月下旬、男子マラソンの佐藤敦之(34)選手を取材するため福島を訪れた。4年前の北京五輪代表だった同選手は、実業団の中国電力を休職しこの5月に活動拠点を故郷の福島に移した。東京電力福島第1原発事故で人口が減る福島を勇気づけるとともに、自身ももう一度マラソンで世界を目指すために下した大きな決断だった。岐路に立って思い悩む夫を「敦之が決めたことなら間違いないから大丈夫」と励まし続けたのが妻の美保(34)さんだった。

 美保さんの旧姓は杉森。「あまり(周りから)陸上選手に見られないんですよ」と言う。色白でごく普通の専業主婦に見えるが、実は女子800メートル日本記録保持者。2004年のアテネ五輪出場や日本選手権3連覇を含む4度の優勝など、女子中距離界のエースとして08年まで第一線で活躍した。そのアスリートも今では走ることは一切なく、夫が納得できるまで競技を続けられるよう日々サポートしている。

 「練習をしないと、罪悪感があった」とついオーバーワークになりがちな佐藤選手の考えを変えたのも美保さんで、「練習のやりすぎで調子が悪い時にぱっと言ってくれてストップがかかる」。状態を見極めた的確なアドバイスが選手にはありがたい。また、栄養バランスを考えた食事を毎日作る。結婚するまでほとんど料理をしたことがなく、「それだけが不安だった」と将来の夫に心配されたが、めきめきと腕を上げ、今では手の込んだ料理で夫の胃袋を満足させている。

 

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星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。1986年生まれ。東京都出身。