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スポーツリレーコラム

2017年06月07日

「リレーコラム」桃田、感謝の涙で再始動 飾らない外見、内面から光  

優勝を決め、涙を拭う桃田賢斗=さいたま市記念総合体育館 その光景は予想外だった。
 違法カジノ店で賭博をし、日本バドミントン協会から無期限試合出場停止処分を受けていた桃田賢斗(NTT東日本)が、約1年2か月ぶりに復帰した日本ランキングサーキット大会。男子シングルス決勝で日本代表の上田拓馬(日本ユニシス)をフルゲームで下し優勝を決めると、突っ伏して涙を流した。

 1回戦から決勝までの5日間、いや、高校時代から取材してきて、人前で泣いたところを初めて見た。うれし涙も悔し涙もみせず、常に自信満々でバドミントン人生を歩んでいたエリート。反省の日々を経てあふれたのは、周囲への感謝の涙だった。

 問題発覚までの桃田は一言でいえば「やんちゃ」で、それはそれで強烈な魅力を放っていた。髪を染め、高価なアクセサリーを何個も身に着けてコートに立つ。どんな相手をも見下ろしていくようなプレースタイルで、若いうちから大物を打ち破っていった。
 日本人で初めて世界ジュニア選手権を制し、日本チームが初めて世界一になった2014年の国・地域別対抗戦男子トマス杯は19歳ながら大活躍。世界ランキング最高位は問題発覚直後に記録した2位で、リオデジャネイロ五輪はメダルの有力候補だった。

 

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 森安 楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。本社運動部から大阪社会部、同運動部で勤務。13年末に本社に戻り、バドミントン、ゴルフ、レスリング、テニスなどをカバー。筑波大ではバドミントン部に所属した。大阪府豊中市出身。


2016年09月21日

応援したくなる気遣い リオ五輪重量挙げ銅の三宅  

重量挙げ女子48キロ級のジャークで107キロに成功し、バーベルをなでて喜ぶ三宅宏実=リオデジャネイロ(共同) リオデジャネイロ五輪の開会式翌日、重量挙げ女子48キロ級の三宅宏実(いちご)が2大会連続メダルとなる「銅」を獲得した。最後の試技に成功すると、試合会場の裏に下がりかけてからステージに戻り「競技を始めて16年、ずっと一緒に戦った仲間だから」と、バーベルをいとおしそうに抱きかかえた。リオ五輪の印象的なシーンとなった。

 体重の倍ほどの重さを持ち上げる力持ち。だが、競技を一歩離れれば、周囲への気遣いにあふれた心優しき女性だ。それを感じたのは、5月に腰などのけがを公表してから。取材で顔を合わすたびにどうしても体調について聞かざるを得ない。それが精神的なストレスになってしまったら申し訳ないと考えていた。顔に思いが出ていたのだろう。逆に「やりますから。大丈夫ですよ!」と言葉を返された。窮地でも周囲への気遣いを忘れない姿勢に心を打たれた。

 7月中旬に日本であった直前合宿の公開日には、多くの報道陣が集まった。テレビカメラがずらりと並び、ざっと50人以上はいただろう。本番で挙げる重さに挑戦。成功はしなかったが、手応えを得たらしく「きょうは集まってくださり、ありがとうございます。おかげで力が出ました」と口にした。そして、おもむろに「これ、みなさんで分けてください」と、報道陣それぞれに大きな袋を差し出した。中身は違う言葉が入った手書きのメッセージとお菓子でいっぱいだった。ピリピリしていておかしくない時期に、こんなことをしてくれる選手をほかに知らない。買い出しに行って個別に袋詰めして、メッセージを書くのにどれほどの時間がかかったのだろう。プレゼントを受け取った全員が申し訳ないと感じ、応援したい気持ちになったようだ。

 

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 森安 楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。本社運動部から大阪社会部、同運動部で勤務。13年末に本社に戻り、バドミントン、ゴルフ、レスリング、テニスなどをカバー。大阪府豊中市出身。


2016年06月08日

見ていられない試合 バドミントン五輪代表懸かった一戦  

バドミントンのアジア選手権女子ダブルスの表彰台に立つ(左から)2位に終わった福万、与猶組と優勝した高橋、松友組=武漢(共同) 日本選手がリオデジャネイロ五輪に出るチャンスを、日本選手が摘み取る。ちょっと見ていられないシーンがバドミントンであった。5月1日まで中国の武漢で行われた五輪出場枠を争う最後の大会、アジア選手権でのことだ。当時のランキングで女子ダブルス世界ランキング9位だった福万尚子、与猶くるみ組(再春館製薬所)は決勝まで勝ち上がり、あと一つ勝てば世界ランク8位に上がってリオ五輪の出場権をつかめるところまできた。決勝の相手は世界ランク1位の高橋礼華、松友美佐紀組(日本ユニシス)。既に五輪出場を確実にしていた。

 日本人として素直に、福万、与猶組にも五輪の夢舞台を踏んでほしいと思った。所属したパナソニック、ルネサスと2度も休部や廃部を経験するなど苦しんでいる姿も見てきた。所属先は違うが、年間200日以上も日本代表で活動をともにしている高橋も松友も、そういう思いがゼロではなかったように思う。しかし、スポーツの世界では、道を譲るように勝ちを譲るわけにはいかない。

 ましてやバドミントンは、2012年ロンドン五輪で無気力試合という“事件”を起こした。女子ダブルス1次リーグで既に突破を決めていた中国や韓国などの4ペアがラリーをしようともせず失点を繰り返し、決勝トーナメントの組み合わせを自国の思い通りにしようとした。批判を浴びて慌てた世界連盟(BWF)が4ペアを失格処分にした。BWFは最近も八百長のような動きには厳しく対処すると声明を出している。

 

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 森安 楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。大阪支社運動部でプロ、アマ問わず幅広く取材し、2013年末から本社運動部。現在は主にゴルフ、バドミントン、テニスなどを担当。スポーツ科学を学んだ筑波大時代は、バドミントンに打ち込んでいた。大阪府豊中市出身。


2015年09月23日

上昇機運の日本バドミントン 熱戦、魅力を分かりやすく伝えたい  

ヨネックスオープン女子シングルスで外国勢を退けて優勝を争い、チャンピオンになった奥原希望(右)と2位の山口茜(2015年9月13日、共同) バドミントンの日本代表が波に乗っている。8月の世界選手権では史上最多のメダル3個(いずれも銅)を獲得。花形種目の男子シングルスで日本に史上初のメダルをもたらしたのは20歳の桃田賢斗(NTT東日本)。男子ダブルスのエース早川賢一、遠藤大由組(日本ユニシス)も初の表彰台に上った。女子ダブルス第1シードの高橋礼華、松友美佐紀組(日本ユニシス)は早々と敗退したが、日本勢3番手だった新鋭の福万尚子、与猶くるみ(再春館製薬所)がしっかりとメダルを確保。一般的には最も知名度が高いであろう女子シングルスの山口茜(福井・勝山高)が、同時期に開催されたインターハイを優先して欠場したにもかかわらず、男女各種目で層の厚さを見せつけてリオデジャネイロ五輪の前哨戦を終えた。

 さらに9月に行われたスーパーシリーズのヨネックス・オープン・ジャパンでは、世界選手権でメダルなしに終わった女子シングルス勢が躍進し、決勝の切符を日本が独占した。2012年世界ジュニア女王の奥原希望(日本ユニシス)が13、14年と世界ジュニアを連覇した山口の挑戦をはねのけた。昨年の終盤まで約2年、度重なるけがと戦ってきた奥原は「山口茜ちゃんと2人で日本を引っ張っていきたい」と頼もしい口ぶりだった。

 大学までバドミントン部にいた私は、やはりこの競技への思い入れが深い。同世代のオグシオ(小椋久美子、潮田玲子組)で世間のイメージが変わりはじめ、08年北京五輪でのスエマエ(末綱聡子、前田美順組)の躍進。12年ロンドン五輪でのフジカキ(藤井瑞希、垣岩令佳組)の銀メダル獲得という流れは記者として立ち会えず、テレビ観戦をしてから先輩の書いた記事を読んでいた。バドミントンの担当になったのは昨季からで、このスポーツがいかに激しく、面白く、選手が魅力にあふれているかを伝えたいと意気込んでいる。

 

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 森安楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。本社運動部から大阪社会部、同運動部で勤務。13年末に本社に戻り、バドミントン、ゴルフ、レスリング、テニスなどをカバー。大阪府豊中市出身。


2015年04月08日

パット上向き、復活の兆し 宮里藍に光明、表情明るく  

ANA女子ゴルフ最終ラウンドをホールアウトし、ギャラリーの声援に応える宮里藍。持ち前の明るい藍スマイルは相変わらずだ(2015年4月6日、共同) 米ツアーで2014年の賞金ランキングが86位と不振にあえいでいた女子ゴルフの宮里藍が、復活の兆しを見せている。2015年シーズンの序盤7試合を終えて、予選落ちはない。トップ10入りとはいかないが、安定したプレーをみせていて表情も明るい。

 不振に陥った原因は、最大の武器であったはずのパットだった。5勝を挙げた10年は「パーオンしたホールでのパット数」が1・7で1位。平均飛距離は245・8ヤードで78位だったが、それをグリーン上のテクニックで補っていた。

 悪夢の始まりは、08年から使い続けて米ツアーでの全9勝をともにした“大型マレット”と呼ばれる形のパターが13年に壊れたことだ。9月に国内ツアーのミヤギテレビ杯ダンロップ女子で新しいパターを試したところ「球が右に行きだした」という。あわてて元の形に戻したが、製品の個体差もあるため、失われた繊細な感覚は戻ってこなかった。

 

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 森安楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。本社運動部から大阪社会部、同運動部で勤務。13年末に本社に戻り、ゴルフやレスリング、テニスなどをカバー。大阪府豊中市出身。


2013年11月06日

エースが獅子奮迅の15勝 ぶっつけ本番で臨んだオリックス金子  

力投するオリックスのエース金子千尋(2013年9月24日のソフトバンク戦、共同) プロ野球のオリックスは今季も下位に低迷した。開幕前は糸井や馬原、平野恵ら大型補強を敢行。キャンプ中の宮内オーナーは「優勝してしまうんです」とご機嫌だったが、結果は最下位を抜け出すのがやっと。チーム防御率はリーグ1位なのに得点は12球団最低。選手名鑑にはいかにも打ちそうな面々が並ぶが、ここぞの一本が最後まで欠けた。

 そんな中で獅子奮迅の働きをみせたのがエースの金子千尋だった。キャンプ中に利き腕を負傷し、オープン戦期間はコンディショニングに専念。それが“ぶっつけ本番”で開幕投手を務めると、1年間ローテーションを守り続けて15勝を挙げ、楽天の田中を抑えて奪三振王のタイトルを手にした。さらに先発完投型の投手に贈られる沢村賞の選考基準七つをすべてクリア。24勝無敗と別格の田中がいて受賞はならなかったが、「正直ここまで投げられるとは思っていなかった。最多勝を取った年(2010年、17勝)よりもいい」と振り返る充実ぶりだった。

 2月には、こんな1年になると想像すらできなかった。3季連続で満足なキャンプを送れず、オープン戦期間から1軍に合流していたものの、実戦登板のないまま3月29日の開幕が迫った。担当記者が一様に驚いたのは、開幕カードのロッテ戦に向けて遠征準備をしていた京セラドームでの光景だった。千葉行きの荷物にエースのバッグがある。まさか投げるのか、まさかね…。と思っていたら開幕投手。本人ですら「びっくりした」というサプライズ起用に8回1失点の好投で応え、周囲の不安を一蹴してみせた。

 

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 森安楽人(もりやす・らくと)大阪府豊中市出身。2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部から大阪社会部を経て12年2月、大阪運動部に復帰。バドミントンのほかJリーグの広島、ゴルフなどをカバーし今季からオリックス担当。


2013年03月13日

必要なのは「勝ち癖」 大型補強のオリックス  

攻守走のすべてでけん引役が期待される糸井外野手(2013年2月10日、共同) このオフ、プロ野球界を最も騒がしたのは間違いなくオリックスだ。21世紀に入ってAクラスわずか1度の球団が本気で変わろうとしている。

 フリーエージェント(FA)で日高剛と寺原隼人を失ったものの、基本的には獲得ラッシュで、新しく担当になったばかりの私は右往左往するばかりだった。巨人で活躍の場を失った東野峻を獲得し、阪神から平野恵一をFAで、寺原の人的補償で馬原孝浩を迎え入れた。極めつけはキャンプイン1週間前で、日本ハムから糸井嘉男と八木智哉をトレードで獲得した。新選手会長に就任したばかりだった大引啓次、木佐貫洋ら3人を譲ってまで手にしたのは、球界ナンバーワン外野手だった。

 元タイトルホルダーの坂口智隆やT―岡田、後藤光尊ら生え抜きに、韓国代表の主砲李大浩。そこに新戦力を加えたメンバーだけ見ればシーズンを前にしてワクワクしてくる。

 

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 森安楽人(もりやす・らくと)大阪府豊中市出身。2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部から大阪社会部を経て12年2月、大阪運動部に復帰。バドミントンのほかJリーグの広島、ゴルフなどをカバーし今季からオリックス担当。


2012年06月06日

「潮田のパートナー」池田信太郎の挑戦 実力でバドミントンの魅力を伝える  

英国旗を背にメダルへの思いを込める池田信太郎(左)と潮田玲子(5月1日、東京都江東区、共同) ロンドン五輪の開幕が1カ月あまりに迫ってきた。スポーツ好きの読者の方でも、4年に1度のこの機会にしか目にしない競技も多いだろう。いわゆるマイナー競技の選手や関係者はそのことを自覚していて、五輪のメダル獲得を機に注目を浴びようと気合を入れている。
その中でバドミントンはここ数年、オグシオやスエマエの活躍によって愛好者以外にも一定の注目を集めるようになった競技だ。それでも扱われ方は、スポーツそのものをとらえる観点から逸脱した感じをぬぐい切れない。最もカメラに追いかけられてきたのが、競技としては一番注目度の低い混合ダブルスの潮田玲子だったことがその証左だろう。潮田は2009年から男子の池田信太郎と組んでロンドン五輪を目指し、4月末の世界ランキングにより、めでたく出場を決めた。

パートナーの池田も“イケメン”として知られ、ペア結成直後には「2人は付き合っているのか? 付き合っているんだろう?」と各方面から真顔で問い合わせを受けた。しかし池田はそういう目で見られることを極端に嫌っていた。だからこそ結成の発表までに婚約者との入籍を済ませたかったそうだが、諸事情で間に合わなかった。近くで見ていれば2人がそういう関係でないことは一目瞭然。アスリートとして純粋に世界へ挑戦している姿とは裏腹に、世間からの視線はあまり是正されなかった。

池田は「いくらおれが試合をつくっても『シオ、決めた!』って扱いになる。でもそれを気にしていたらやって来られなかったよね」と笑う。笑って受け流せたのは、実力で勝負という信念をぶれることなく持ち続けたからだろう。ほかの代表選手たちは、池田はバドミントンの研究に人一倍熱心で知識も豊富と口をそろえる。2007年の世界選手権で銅メダルを獲得したこともある男子ダブルスの名手ではあるが、混合はまた異なる動きが求められ、それを日夜研究していたのもまた彼を象徴するエピソードだろう。

 

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森安楽人(もりやす・らくと) 2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部から大阪社会部。12年2月、大阪運動部に復帰し、バドミントンのほかJリーグの広島、ゴルフなどを担当。大阪府豊中市出身。