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スポーツリレーコラム

2016年03月30日

五輪出場逃した「なでしこジャパン」 スタンドは閑散、寂しい光景  

アジア最終予選の中国戦で敗れ、くやしそうなサッカー女子の日本代表=大阪市(2016年3月4日、共同) 元世界女王の幕引きとしては、あまりに寂しい光景だった。3月上旬まで大阪で開催されたサッカー女子のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選。試合前に予選敗退が決まってしまった7日のベトナム戦に勝利した日本代表「なでしこジャパン」の選手たちは、観衆わずか3418人の閑散としたスタンドに向かって静かに頭を下げた。

 2011年の女子ワールドカップ(W杯)で優勝して脚光を浴び、12年ロンドン五輪と15年の女子W杯で準優勝。第一人者の澤穂希さんが引退したとはいえ、アジア予選は悲願の金メダルに向けた通過点のはずだった。しかし初戦のオーストラリア戦を落とすと、格下と思われた韓国や中国との試合でも白星を逃す。どんな強大な相手と戦っても活路を見いだしてきた選手たちが悩み、いつも強気の宮間あや主将(岡山湯郷)も「勝負の流れを引き寄せ切れていない。その原因がどこにあるのか…」とうなだれた。

 「なでしこ」の活躍する姿ばかり取材してきた私にとっても、初めて目にする重苦しい雰囲気だった。原稿を書くには敗因や問題点について質問しなければならないが、選手や佐々木則夫監督(大会後に退任)の傷口に塩を塗るような感覚があって非常につらかった。

 

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 石井 大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。2006年共同通信社入社。名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。現在はサッカー女子日本代表を中心に取材。慶大時代はボート部に所属した。


2015年05月20日

思い実り、姉妹でW杯へ なでしこの大儀見と永里に期待  

3月のアルガルベ杯で最終戦に向けて調整をする大儀見(左)と永里の姉妹(2015年3月10日、共同) 姉妹であり、同志でもある2人の思いが実った。サッカーの女子ワールドカップ(W杯)カナダ大会(6月6日開幕)で2連覇に挑む日本代表「なでしこジャパン」に、大儀見優季(旧姓永里・ウォルフスブルク)と永里亜紗乃(ポツダム)がそろって選出された。ドイツでのシーズンを終え、12日に同じ便で羽田空港に帰国。ダブル選出の感想を問われた姉の大儀見が「彼女自身の夢でもあったし、自分自身の夢でもあった」と言えば、妹の永里も「姉と同じチームになれてすごくうれしい」と朗らかに笑った。仲むつまじい姿に、こちらまで幸せな気分になった。

 長男はかつてJリーグで活躍し、現在はタイのクラブに所属する永里源気。その兄を追い、姉妹もサッカーにのめり込んだ。2人の性格は対照的で、姉は堅実な理論派、妹は天才肌の感覚派。中学時代までサッカーと両立してピアノを習っていたが、何度も練習してゆっくり上達していく姉に対し、妹は譜面を読めばすぐにそれなりの出来栄えで弾けたという。

 サッカーに関しては、順調に階段を上っていったのは姉の方だった。10代からフル代表で活躍し、初優勝した11年の女子W杯や銀メダルに輝いたロンドン五輪にも出場した。ドイツやイングランドのリーグでもまれ、海外勢にも当たり負けしないたくましさと頭脳的なプレーを持ち合わせる。今では絶対的なエースに成長し「この4年間で確かなものを積み重ねてきた」と自信を見せる。

 

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 石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。現在はサッカー女子日本代表を中心に取材。慶大時代はボート部に所属した。


2014年07月02日

「調教番長」だった日本代表 W杯、“大化け”信じて見守りたい  

コロンビアに敗れて1次リーグ敗退が決定し、打ちひしがれて引き揚げるザッケローニ監督。左は本田(2014年6月24日、共同) 競馬の世界には「調教番長」と呼ばれる馬たちがいる。稽古では素晴らしい動きを見せるのに、レースになるとなかなか好成績を出せない歯がゆい存在だ。馬に例えるのは申し訳ない気もするが、サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会で1次リーグ敗退に終わった日本代表は、まさに「調教番長」という感じだった。
 日本は親善試合に5連勝してW杯を迎えた。連勝の始まりは当時FIFA世界ランキング5位のベルギー戦だったし、その直前には今大会で大活躍しているロッベンを擁したオランダと引き分けている。ところがW杯では1次リーグで1勝すらできなかった。寂しく敗退する姿を想像できた人は少なかったのではないだろうか。
 「稽古」と「レース」の違い―。つまり、日本は勝つために必要な要素を十分に理解できていなかった。親善試合はそれぞれがやりたいことを自由に試す場。それに対してW杯本番は勝利が最優先になり、相手は持ち味をつぶしてくる。日本は「主導権を握る攻撃的なサッカー」を看板に掲げたが、本田を起点としたパス交換や長友、香川らのサイド突破を封じられると、もう攻め手がなかった。相手の対策を上回るほどの技術がなく、他の選択肢も用意できていなかったということだろう。
 前回準優勝のオランダでさえ、美学を捨てて守備的な5バックからカウンターを狙う時代だ。日本の選手たちは口々に「自分たちのサッカーをしたい」と言っていたが、そんなきれい事よりも泥臭さや真のたくましさが必要だった。競馬で勝機の薄い馬にまたがる騎手は奇策を練り、必死に鞭を打つものだが、大胆な采配がなかったザッケローニ監督も残念のひと言。同監督は4年もチームを率いた割には戦術も発言も印象が薄く、個人的には最後まで彼の意図が分からなかった。
 日本とは対照的に、本番で「激走」したのがコスタリカだった。開幕直前の試合で日本に1―3で敗れたものの、見事に統率の取れたカウンターアタックで優勝経験のあるウルグアイ、イタリアに連勝して決勝トーナメントに進出し、さらに初めてベスト8入りした。球際の強さや前線のスピード感は日本戦とは大違い。対戦国を油断させるため、手の内を隠していたのかもしれない。
 今大会はメッシ(アルゼンチン)やネイマール(ブラジル)ら、スター選手が期待通りの活躍を見せている。それとは裏腹に、日本代表は期待が大きかっただけに一層深い落胆を誘ってしまった。ただ、この4年の間にアルゼンチンやフランス、ベルギーに勝ったことは事実で、世界との差は少しずつ縮まっているのは確かだろう。「調教番長」は何かのきっかけで突然その力を発揮することがある。いつか大穴を開ける日が来ると信じて見守りたい。


【写真】コロンビアに敗れて1次リーグ敗退が決定し、打ちひしがれて引き揚げるザッケローニ監督。左は本田(2014年6月24日、共同)

 

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 石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。運動記者として名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。慶大時代はボート部に所属した。


2013年10月30日

目を疑った天津の空 もやに覆われた東アジア大会  

深刻な大気汚染で白くかすむ天津市街地。東アジア大会の期間中、ほとんど青空を見ることができなかった(2013年10月6日、共同) 「目を疑うような」という表現を使ったことはあるが、実際にわが目を疑ったのは初めてだったかも知れない。サッカーの取材を終えて午後5時ごろスタジアムを出ると、外はまだ明るい。だが、太陽の姿が見当たらない。西の空を探すと、白いもやの向こうで輪郭を失った夕日がわずかに光を放っていた…。


 10月前半、中国の天津で行われた東アジア大会を取材した。甘栗で有名な天津は北京から南西100キロ強の沿岸部にあり、既にコートが必要なほどの寒さだった。競技会場などの施設は非常に立派で驚かされた一方、かつて小児ぜんそくを患っていた私は深刻な大気汚染に悩まされた。晴天でも霧が立ちこめたように空気は白く濁り、約2週間の大会期間中はほとんど青空を見ることができなかった。


 PM2・5だけでなく砂状のものも舞っているのか、屋外での取材後はノートが少しザラザラした。実際にプレーする選手にとってはさらに重大事だ。激しく走り回るサッカーやホッケーのメンバーからは「気管がやられた」とか「試合中に『ウッ』ときた」といった声が上がった。印象的だったのは野球の山川穂高選手の言葉。沖縄県出身で、岩手県の富士大に通う、分厚い体の長距離砲は「沖縄も岩手も空気がきれいなので、びっくりしました」と困惑した表情で空を見やった。

 

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 石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。運動記者として名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。慶大時代はボート部に所属した。


2013年03月20日

あごひげに指導理念 なでしこ率いる佐々木則夫監督  

アルガルベ杯開幕を前に記者会見する佐々木則夫監督(2013年3月5日、アルブフェイラ、共同) 何気ない雑談の中に、世界の頂点を極めた指揮官の指導理念がにじみ出た場面があった。穏やかな日の照った2月上旬の大分合宿最終日。サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の佐々木則夫監督はいつにも増して上機嫌で、報道陣からの質問がほぼ出尽くした後、話は意外な方向に。白髪交じりのあごひげをさすり「これをはやしている理由、教えようか?」とニヤリと笑って切り出した。

 「一つ目は前髪が薄くなってきたから、視線を下の方にそらすため。二つ目は海外に行ったときになめられないように」。ここまでは得意の受け狙いだ。「そして三つ目はね…」。そう言うと、いたずらっ子のようだった表情が急に真剣なものに変わった。

 「僕がコーチだったころ、ある日の練習で目の前で選手がけがをしたことがあった。何でけがをしてしまったんだろうといろいろ考えて、アッと思い当たった。ひげをそっちゃったからだと」。それ以来、あごひげは「選手の安全祈願」になったという。言うまでもなく、これが本当の理由だろう。

 

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 石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。運動記者として名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。慶大時代はボート部に所属した。


2012年05月30日

感動と興奮のボート取材 武田選手の「動艇」に共感  

アジア予選で快勝して五輪出場を決めた武田大作(左)と浦和重(4月29日、韓国・忠州、共同) 4月下旬、韓国の忠州で行われたボートのロンドン五輪アジア予選を取材した。会場は内陸部の山あいのダム湖で、観客はまばら。宿泊したホテルはひなびた温泉街にあり、部屋にはゴキブリも登場するなど過酷な状況だったが、高校、大学と7年間この競技に打ち込んだ私にとっては感動と興奮の連続だった。

 学生時代「ボートをやっている」と言うと、ヨットやカヌー、はたまた競艇などとよく勘違いされた。見たことがない方も多いと思うので説明しておくと、まずは湖や池で乗ることができる手こぎボートを思い浮かべてほしい。あれをお尻の幅ぎりぎりまで流線形にした艇を漕ぎ、直線2000メートルで着順を争うのがボートである。カヌーとは違って、体の向きとは逆、つまり背中の方に向かって進んでいく。種目は1人漕ぎから8人漕ぎまである。

 今大会の注目は、日本スポーツ仲裁機構への申し立てを経て男子軽量級ダブルスカル代表になった武田大作選手(ダイキ)だった。1996年アトランタ五輪から4大会連続で五輪に出場している日本の第一人者だ。ダブルスカルに乗る代表2人を決める昨年11月の代表選考会でトップ2に入りながら不可解な基準で補欠とされ、これに納得できず仲裁に訴え出た。再レースを制して代表を勝ち取ったときには、新聞などで久々にボートが大きく報道された。

 

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石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。運動記者として名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。慶大時代はボート部に所属した。