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スポーツリレーコラム

2013年09月25日

イベントめじろ押しのロシア ユニバで感じた愛国心と熱気  

 特設会場で行われたユニバーシアード開会式。満員のスタンドは入場行進する日本選手団へも熱っぽく惜しみない声援をおくった(2013年7月7日、共同) 財政力と愛国心を武器に、ロシアがスポーツ界で存在感を示している。7月にモスクワの東800キロにある学生の街、カザニで行われたユニバーシアード夏季大会で、そう実感した。大学生の五輪と呼ばれる総合大会ではあるものの、開会式に出席したプーチン大統領は「五輪のスケールでこの大会の準備をしてきた」と明言した。

 日本は3年後のリオデジャネイロ五輪を見据えた布陣で臨んだ。陸上は高校生の桐生祥秀(京都・桐生)とともに100メートルで日本人初の9秒台突入が期待される山県亮太(慶大)や、ロンドン五輪代表の飯塚翔太(中大)ら世界選手権代表組が参戦した。山県は100メートルで銀メダル、飯塚は200メートルで銅メダルだった。卓球は団体の女子が優勝し、柔道やレスリングなどでも活躍が光った。

 地元開催で選手強化に力を入れるのは当然にしても、今大会のロシアは圧倒的だった。メダル獲得数は「金」155を含む292になり、総数84(金は24個)で2位の日本を大きく引き離した。予選や1回戦からでも、ロシアの選手が出場する試合会場は常に大勢の観客が詰めかけ、「ロシアコール」と対戦相手に対するすさまじいブーイングが響き渡った。

 

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 米澤万尋(よねざわ・まひろ)2008年共同通信入社。大阪、福岡支社を経て、13年から本社運動部勤務。主にアマチュア競技を担当。仙台市出身。


2013年01月23日

市民ランナーの星は健在 ことしも川内優輝から目を離せない  

福岡国際マラソンで不本意な2時間10分29秒の6位に終わった川内優輝(2012年12月2日、平和台陸上競技場、共同) 「市民ランナーの星」という愛称がすっかり定着した。目をらんらんと光らせ、遠慮のない“舌戦”も得意とするマラソンの川内(埼玉県庁)から、ことしも目が離せそうにない。

 2大会連続での世界選手権出場を懸けて挑んだ昨年12月2日の代表選考レース、福岡国際マラソン。日本陸連が改めた代表内定条件は、2時間8分を切って日本人トップとなることだ。大会前の有力選手による記者会見では「(従来の日本陸連の派遣設定タイムの)2時間9分30秒が不満だった。7分台を出すことを目標にしてきた。その規定になりすごくうれしく思う」と堂々と言い切った。さらに、ライバル視するロンドン五輪代表のプロランナー、藤原新(ミキハウス)に対し「負けるつもりはない。(これまで)何度か(一緒に)練習する中では、それほど上のレベルではないと感じた。いい戦いができれば」と猛烈な闘争心をのぞかせた。

 迎えた大会当日。ふたを開けてみれば28キロすぎで早々と先頭集団から後れを取って2時間10分29秒の6位に沈み、藤原の4位も上回ることができなかった。神妙な面持ちで「悔しい。急についていけなくなり、気持ちも持ち直せなかった。単純に力不足」と潔く敗戦を認めた。個人練習で高い意識を保つのが難しくなっていることも明かし、足早に競技場を後にする姿に少し寂しさを感じさせた。

 

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 米澤万尋(よねざわ・まひろ)2008年共同通信入社。大阪支社運動部を経て、10年から福岡支社勤務。主にアマチュア野球やサッカー、陸上などを担当。仙台市出身。


2012年05月23日

逆風の中、硬式野球部が船出 西部ガス、2人のリーダーに夢託す  

若いチームの夢を託された“豪華スタッフ”の杉本監督(右)と香田コーチ(5月7日、福岡市東区、共同) 厳しい経営環境のもと企業スポーツが冬の時代を迎えている中、西部ガス(福岡市)が4月に硬式野球部を創部した。会社組織全体の活性化や、スポーツによる地域社会への貢献が主な目的。監督に日本代表や社会人の強豪、日本通運で指揮を執った杉本泰彦氏(52)、コーチには駒大苫小牧高(北海道)の監督として夏の甲子園大会連覇という実績を持つ香田誉士史氏(41)を迎えた。選手は全員が社員。ゼロからのチームづくりに向け、少年のように瞳を輝かせる“豪華なスタッフ”の言葉の端々に熱い思いを感じた。

 「当然と思っていたことをフラットにして、ゼロから考えることに魅力を感じた」「日本通運では一日中練習ができた。こちらでは半分の時間でやらなければいけない。それも勝つために」。杉本監督の言葉だ。年間の運営費用は必要最低限の約3千万円を見込む。日本野球連盟によると、企業チームの年間の平均運営費は5千万~6千万円で、多いところは7千万~8千万円。西部ガスの選手は午前の業務を終えた午後から練習を始める。細く長く、時代に即した運営を目指すチームの方針に、親近感と期待感すら湧いてくる。

 香田コーチは「(社会人野球の)経験がないのに話をもらい、本当に感激している」「アマチュアの最高峰にあると思っている」と、謙虚に喜びの言葉を並べた。駒大苫小牧高の監督として2004年に北海道勢として初の全国制覇、05年には田中将大投手(現プロ野球楽天)らを擁して57年ぶり6校目の夏連覇に導いた。08年3月末で同校を退職後、大学野球の鶴見大(神奈川大学連盟)のコーチに就いた。築き上げた地位を守り続ける道もあったはずだが、あえて新しい世界へ足を踏み入れた。その背景と覚悟に関して香田氏の口から出てきた言葉は、素朴で純粋だった。「もっといろんなものを見たいし、感じたい。23歳で高校野球の監督になり、コーチの経験がないとずっと思っていた」。さらに「あのまま北海道にいたら、勘違いしている可能性があった。名監督扱いされ、非常に違和感があった。ただの教員なのに…」と続けた。

 

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米澤万尋(よねざわ・まひろ)2008年共同通信入社。大阪支社運動部を経て、10年から福岡支社勤務。主にアマチュア野球やサッカー、陸上などを担当。仙台市出身。